そんな過程で由里子さんは、ある誤解をしていたことに気づく。
「メディアに踊らされていたと思った。つまり、『24時間テレビ』などで流れる“頑張る障がい者”のイメージを植えつけられていたことに気づいたんですね」
私はあんなふうに頑張れない。結婚なんて無理、親戚付き合いなんてできないし、法事でも立ち回れない。料理をきれいに盛りつけられないし、ダンナのネクタイもよう結べへん……。
だが、ピアカウンセリングを続けるなかで変化が訪れる。子どものころから心の奥深くに眠らせていた、結婚と出産への思いがあふれ出てきたのだ。
私は私らしく生きればいい。目が見えなくても私は私。もうあきらめるのは嫌だ。結婚も出産も、何もかもあきらめない。そんな前向きな気持ちを持ち始めた由里子さんは、ピアカウンセリングのスタッフだった男性と出会う。
彼は、由里子さんの目が好きだと言ってくれた。ずっとコンプレックスに思っていた目をきれいだと言ってくれたのだ。星が見えない由里子さんに、当たり前のように「一緒に星を見よう」と言ってくれたのだ。
2003年、由里子さんは彼と結婚した。
はびこる「優生思想」の闇
「まさか差別や偏見との闘いになるとは思いもしませんでした。最初は、医療関係者でも障がい者のことを知らないからだろうな、くらいに思っていたんです。ところが、出産が現実のものになるにつれ、よりはっきりと壁に直面していきました」
妊娠初期に通ったのは、自宅マンションに近く、おいしい病院食で知られる有名な産婦人科だった。
ある日の検診で由里子さんが通されたのは、いつもとは違う診察室だった。そこには、いつもの女医ではなく、男性の医師がいた。
「この病院で産むつもりですか?」
いきなり聞かれた。
「目が不自由なんだよね? ちょっとうちじゃ、そういう人をサポートする体制がないから、大きな病院で産んだほうがいいよ。それに産んでからどうするの? あなたひとりで育てられるの?
あなたの目は遺伝性なのかな。じゃあ、なおさらうちではダメだね。大きな病院なら生まれたらすぐ検査できるし、対応もちゃんとしてるから、そっちのほうがいいよ」