スランプを脱して2度目のデビューをしてからは公私ともに順調だった。『ラシャーヌ!』や『パタリロ!』『翔んで埼玉』といったギャグマンガに転向し、一気に人気作家の仲間入りを果たす。
そして数年後、運命の出会いがあった。
愛妻の芳実さん(56)が初対面の日の出来事をこう話す。
「高校生だった私は、とある漫画家さんのファンクラブに入っていたんです。それで魔夜のファンクラブと合同で交流会をしたんですね。そこで初めてお会いしたんですが、ずっと、私にだけ優しかったんです。私の2次会費を払ってくれたり」
魔夜さんは、芳実さんをひと目見て「運命の人」と悟っていた。
「この子絶対、年をとるごとに綺麗になるタイプだなと思ったんですよ。小さい子どもでも、おばさんっぽい人っていっぱいいるんです。でも奥さんにはそれがない。永遠の少女のような美しさを感じた」
芳実さんが交流会のお礼の手紙を送ったことでふたりの交際はスタート。3年ほど付き合ったころに、芳実さんの兄の結婚が決まり、式が終わった夜、近くのホテルに泊まっていた魔夜さんは「結婚しようか」と芳実さんに告げた。
結婚式の仲人は、先輩漫画家である美内すずえさんに頼んだという。
締め切りを守る漫画家
魔夜さんは1度だけ、臨時で美内さんのアシスタントに行ったことがある。昔は、駆け出しの新人がアシスタントとして先輩漫画家の作品で背景を描くなどの交流があった。
デビューして間もないころ、編集部から東京に呼ばれ、作家の缶詰用ビジネスホテルに到着すると、5~6名のアシスタントが集まっていた。しかし待てど暮らせど、美内さんと連絡がとれず、仕事が始まらない。
美内さんが悪びれもせず、「どうも~!」と言って部屋に入ってきたのは1週間後のこと。その晩、30枚ほどの原稿を描いた。『黒百合の系図』という作品だった。魔夜さんは「私が描いたところだけタッチが違うので、ひと目でわかりますよ」と笑う。それ以来、2人で飲みに行く仲になったという。
漫画家としての魔夜さんは、締め切りを破らないことで定評がある。2か月以上、早く仕上げることもあり、編集者から「これはいつの分ですか?」と聞かれたことがあるほどだ。
「漫画家っていうのは締め切りを守らないって聞いてたんで“じゃあ俺は守ろう”って。人に逆らう性格なんで」
通常、マンガはストーリーのプロットをつくり、簡単なコマ割りをしたネームを描き、原稿に取りかかる。そのつど編集と相談をする漫画家が多いが、魔夜さんの場合、編集者が原稿を依頼すると、いきなり完成原稿を送ってしまう。大御所とはいえ、かなりのレアケースだ。
こうした理由で「新人編集が担当につくことが多い」と前出の岩切さんは言う。
「先生はすごくお仕事しやすいんです。締め切りは守るし、難しい要求もない。だから昔は仕事を覚えてもらうために入社したばかりの新人が担当することが多かったんです」