改姓側につきまとう不利益の数々
現在の日本では、夫婦のどちらか一方が姓を変えない限り法律上の夫婦と認められない。そのため、やむなく事実婚を選ぶ夫婦も少なくない。
事実婚をして今年で26年になる小泉祐理さんが言う。
「事実婚の場合、所得税や贈与税の配偶者控除、相続税の配偶者の税額軽減などが受けられません。介護施設で夫婦が同居できないこともあります。また、法定相続人になれないため、遺言書などで相続した場合も非課税分が認められていません。住居用不動産の配偶者贈与もできず、居住権もない。パートナーの死によって住居や財産を失う可能性があり、とても不安です」
法律上の夫婦=同姓の夫婦に認められた優遇措置が、事実婚の夫婦にはないのだ。
かたや結婚で姓を変える場合、圧倒的多数が改姓する女性側に不利益がつきまとう。住民票などの公的書類や銀行口座、カード類の煩雑な手続きが必要になるうえ、姓が変わるとキャリアが分断されてしまう。なにより、慣れ親しんだ名字を変えなければならない負担は大きい。
こうした不利益に対し、通称名として旧姓が使える範囲を拡大させる動きがある。'19年11月から、住民票やマイナンバーカード、運転免許証などに旧姓をかっこつきで併記できるようになった。
しかし法務省によれば、旧姓併記は「あくまで本人確認のためで法的根拠はない」としている。現に、金融機関によっては銀行口座が開設できないこともある。
パスポートの場合、旧姓を併記するには「国際的に活躍している証拠」の書類提出が求められる。旧姓併記できたとしても、世界的に例を見ない書式のため外国へ入国する際に説明を求められたり、航空券が買えないなどのトラブルが報告されたりしている。抜本的解決にならないのだ。
夫婦別姓をめぐっては、前述した「制度の壁」だけでなく「無理解の壁」も大きい。
菊田隆さん(仮名)は、交際相手の藤川明日香さん(仮名)から「あなたの姓は離婚で去った父と同じ。結婚して、その姓になるのはつらい」と聞いていた。それでも「実際は彼女が姓を変えるだろう」と思っていたが、婚姻届を出す段になり、ようやく藤川さんが本気だと気がついた。
「さんざん話し合い、準備した婚姻届を保留にして、やっと彼女の思いを受け止めたんです。でも、両親に話すと“結婚する女は全員、そうしてきた”“姓を変えられると、息子を失ったような気持ちになる”と言われ、猛反対されました」(菊田さん)
菊田さんは1年かけて親と話し合ったが、理解は得られなかった。藤川さんの人柄を気に入った両親はともにパーティーを開くなど親しく交流しているが、姓の話には頑(かたく)なに触れない。妻の意志、両親の思い、どちらも尊重したいと菊田さんは悩む。
夫婦別姓には「子どもがかわいそう」との偏見も根強い。前出・小泉祐理さんの息子で大学生の知碩(ともひろ)さんは、「両親がそれぞれの姓を持つことが普通という感覚で育ち、何も困ることはないし、友人同士で親の姓が話題になることはほとんどありません」と、真っ向から反論する。
知碩さんの主張に小池真実さんもうなずく。高校2年だった昨春、夫婦別姓の両親を題材にしたドキュメンタリー『うちって変ですか?』を作り、NHK杯全国高校放送コンテストで入選を果たした。小池さんは、「別姓に反対する人たちの“子どもがかわいそう”という意見にはショックを受けました。私の家族は仲がいいと思うし、親が別姓だからと嫌な思いをしたこともありません」と言い切る。
今月6日には、自民党の女性議員グループが井田さんら当事者を招き夫婦別姓に関する学習会を開くなど、伝統的家族観を持つ保守の立場からも変化が起きつつある。夫婦同姓を強要されて苦しむ多くの人たちがいる。だが、別姓という選択肢が増え、多様性が認められることで苦しむ人は皆無だろう。時代にそった制度を望んでやまない。
(取材・文/和久井香菜子)
和久井香菜子 ◎編集・ライター。女性と自立をテーマに取材。『散歩の達人 首都圏バリアフリーなグルメガイド』ほか著書多数。視覚障害者による文字起こし事業『合同会社ブラインドライターズ』代表も務める
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