幼少期にひどい虐待を受け、その後、多重人格(解離性同一性障害)を経験した人もいます。
上記の香奈子さんも、その一人。彼女の場合、別の人格が出ていたときの記憶はないものの、高校生のころから「なぜか記憶がない」ことがよくあったといいます。学校へ行ったはずなのに、気づくと地元から200kmほど離れた地方都市にいたこともありました。
当時は「不思議現象」と捉えていたのですが、大人になってから専門医にかかったところ、虐待の影響による解離性同一性障害だったことがわかったそう。その後、トラウマの治療を続けていくうちに、記憶が途切れることはなくなったということです。
逆に、病院へ行くようになってから、一時的に多重人格の症状が出たという人もいました。由里さん(仮名・40代)は長い間、母親から身体的、精神的な虐待を受けて育ち、「生まれてこなければよかった」という思いを抱えて生きてきました。
30代のとき、めまいの症状が悪化して起き上がれないほどになり、病院へ。すると心因性の問題があるとわかり、過去に受けた虐待の記憶と向き合い始めたところ、次第に人格交代が起きるようになったそう。
当時、彼女が書いていたブログを読むと、数人の人格が交替で書いていることがわかります。それぞれ別の名前を名乗っており、性格も明らかに異なるのです。
由里さんもその後、専門医で治療を受けていくうちに、症状はなくなっていったということです。
見た目からでは
わからない「苦しみ」
虐待の後遺症で苦しむ当事者に対し、筆者から言うべきことはありません。生きてきてくれたことに、ただ、感謝をするばかりです。
ただ、周囲に対しては、もっと知ってほしいと感じます。こういった苦しみを抱えて、ぎりぎりのところを生きている人たちが現実にいることを、もっと多くの人に知ってもらえたら、と思うのです。
香奈子さんも由里さんも、傍から見れば「ふつうの人」です。過去に受けた虐待も、その後に抱えてきた苦しさも困難も、当たり前ですが、見た目からはまるでわかりません。ですから職場の人や、子どもの学校の先生、ママ友などからは、「困った人」に見えたことも、おそらくあったのではないかと思います。
もしそんな人を見かけたときは、どうか本人を責めたり、陰で悪口を言ったりする前に、ちょっと思い出してもらえないでしょうか。他人からは想像もつかないような過去や困難を抱えている人が、世の中にはいるんだ、ということを。
事情を詮索したりするのでなく、ただ、ちょっとだけ想像してもらえたら。それだけでも、少しは、生きやすくなる人がいると思うのです。
大塚玲子(おおつか・れいこ)
「いろんな家族の形」や「PTA」などの保護者組織を多く取材・執筆。出版社、編集プロダクションを経て、現在はノンフィクションライターとして活動。そのほか、講演、TV・ラジオ等メディア出演も。多様な家族の形を見つめる著書『ルポ 定形外家族 わたしの家は「ふつう」じゃない』(SB新書)、『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(ともに太郎次郎社エディタス)など多数出版。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。