矯正医療をあきらめない

「アハハハハハハ」

 豪快に笑っているのは、なんと刑務所の受刑者たち。

 2019年に、おおたわさんが日本で初めて、受刑者の社会復帰支援の一環として取り入れた、『笑いの健康体操』が行われていた。

「鼻から大きく息を吸って、止めて! 息を吐きながらひざを叩いて、アハハハハハ」

 おおたわさんが見本を示すと、受刑者たちも「アハハハハ」と続く。

 ヨガをベースに笑いの呼吸を取り入れた簡単な体操で、血圧や痛みの改善、精神の安定などエビデンスも得られているという。

「シャバに出たら、どこに行きたい? 温泉? いいねえ。でも、お湯が熱くても『コノヤロー』なんて怒っちゃダメだよ。笑いに変えるんだよ。『アチッ! アハハハハ』」

 見ているほうも笑ってしまう。笑顔は伝染するようだ。

「受刑者は笑うことを知らずに生きてきた人が多いんです。カッとなりやすいしね。でも、イラッとしても笑いに変えられれば、犯罪を未然に防げる。笑いながら罪を犯す人は、まずいないですからね」

 笑いの大切さとともに教えているのが、ふつうの暮らしの大切さだ。

朝は起きる、夜は寝る昼間は働く規則正しい食事をして、病気になったら治す努力をするシャバに出たら、健康保険証を作って、ちゃんと生活するってことです

 ふつうの日常──。それは、おおたわさん自身が大切にしていることでもある。

 仕事を終えて帰宅すると、2匹の犬が出迎えてくれる。

「シーズーのエンカはペットショップで売れ残って価格破壊してた子。ポップは、去年老衰で亡くなったロックの次に来た子なんだけど、お利口だったロックと違って、もう食い気ひと筋(笑)」

 まるで、わが子のようにかわいがる。夫婦に、子どもはいない。

「犬をぎゅっとしたり、ちょっとしたことで笑ったり、小さなことで今は幸せを感じられる。何の不満もない。昔苦しかったことを思えば、人生何とでもなると思う。自分で努力できることなら、何とでも」 撮影/齋藤周造
「犬をぎゅっとしたり、ちょっとしたことで笑ったり、小さなことで今は幸せを感じられる。何の不満もない。昔苦しかったことを思えば、人生何とでもなると思う。自分で努力できることなら、何とでも」 撮影/齋藤周造
【写真】結婚式当日、父親に寄り添うドレス姿のおおたわさんと、少し離れた距離に立つ母親

自然にまかせていましたが、子どもがいなくてよかったかもしれません依存しやすい気質は母と似ていると自覚していて教育ママの血も受け継いでいると思うので、断ち切る意味でも

 夫婦と犬2匹で、和気あいあいと暮らす。それだけで、十分に幸せだと話す。

「将来の目標とか、欲も特にないですね。たとえ欲しいものを手に入れても喜びは一瞬。それより、家族がいて、犬がいて、ちっちゃいことに笑っていられれば、それでいいじゃないかって。幸せ上手になったのかな(笑)」

 無欲なぶん、エネルギーは矯正医療に注ぐ。

「人と人として彼らと向き合い、私を人として、医師として信じてもらう。そうやって信頼関係を築くことから矯正医療は始まると思っています。自分でも驚くほどのめり込んでいるのは、母親にできなかったことを彼らにしたいという思いもあるんでしょうね」

 依存症の受刑者の再犯率は8割以上。再び罪を犯して戻ってくることもざらだ。それでも、おおたわさんは決してあきらめない。

100回やってダメでも、101回目に何かが変わるかもしれない!」、そう信じて。


取材・文/中山み登り
なかやまみどり ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP研究所)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。高校生の娘を育てるシングルマザー