山下清、鹿に乗ってはいけないと言われ……
もうひとつ、絵にまつわる印象的な思い出がある。1960年から2年間、日本各地の民謡・舞踊・郷土芸能を、ミュージカルで紹介する番組『東は東』のホスト役を滝田裕介さんが、ホステス役を私が務めていた。
毎週30分間、生放送する中で、山下清さんがガラス板に白いペンキで絵を完成させるというコーナーがあったので、山下さんとは2年間、いろいろな場所にロケでご一緒した。時には、山下さんと自衛隊を訪問して、一緒に戦車に乗ったり。奈良に行ったときは、マネージャーである弟さんが、「鹿に乗っちゃいけないよ」と注意したにもかかわらず、目を盗んで鹿に乗って、転倒したり。
山下さんは、笑うととってもかわいくて面白い方だった。でも、最後まで私の名前を覚えてくださらず「お、沖縄の女だな」と言われたことを覚えている。静岡県・三島市出身なんだけど、山下さんはお構いなし(笑)。
一度、山下さんのお誕生日に何かプレゼントをしたいと思って、「何が欲しいですか?」と尋ねると、「カラーテレビ」と即答されて固まったことがある。当時のカラーテレビは数十万円する超高級品。
安月給の私にはとうてい手が届かない。そこで、「もしカラーテレビをプレゼントしたら、私には何をお返ししてくださる?」と聞いてみると、「色紙」とひと言口にして、マジックペンを取り出した。
山下さんは、即興で色紙に花を描くと、「はい、これは3000円だな」といって私にプレゼントしてくれた。今や当時のカラーテレビよりも、はるかに価値がある色紙をいただいて、私はとてもうれしかった。大事に飾っていたのだけれど、色紙だから経年劣化する。
どうしようと思っていたら、飲み仲間である東京・新宿「どん底」のオーナーの矢野智さんが、「いいんだよ、こうすれば」と言いながら、山下さんが描いた花の下に、勝手に道を書き足してしまった。文字どおりの“道楽”。
色紙の価値はパッとなくなってしまったが、その色紙だって世界にたったひとつだけ。モノの価値って、結局は自分次第だと思う。
(構成/我妻弘崇)