無様でもいいから生涯、役者でいたい

『学校III』以降、すべての山田作品に小林さんは招聘(しょうへい)されることになる。この8月に公開された『キネマの神様』にも出演している。

公開中の『キネマの神様』(配給:松竹)では晩年のテラシンを演じている(c)2021「キネマの神様」製作委員会
公開中の『キネマの神様』(配給:松竹)では晩年のテラシンを演じている(c)2021「キネマの神様」製作委員会
【写真】家族よりも長い時間を過ごした高倉健さんとの写真

 映画監督・ゴウが主人公。彼がデビュー作の撮影初日に大けがを負い作品は幻に。失意でギャンブルと借金まみれになり、家族から見放されるが、それを映写技師でゴウと同僚だったテラシンが温かく支え、幻の作品が再び上映に向けて動きだす……。

 ゴウ、テラシンはそれぞれ2人の俳優が担当。ゴウの若き日は菅田将暉さん、現在は沢田研二さん、テラシンはそれぞれ、ロックバンド「RADWIMPS」の野田洋次郎さんと小林さんが演じる。

 小林さんは当初、若いテラシンを演じる野田さんの演技センスと自分が合うのか、やや不安だったという。

TBS系ドラマ『駅弁刑事・神保徳之助』シリーズで息子の健さんと親子共演も
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「若きテラシンが惚(ほ)れた娘に初めて会うシーンで、どんなリアクションをするのかなと思ってね。すると俺のイメージどおりだった。姿形は野田くんとは違うけど、気持ちはつながっていると思ったね」

 ゴウを支える役を演じながら、映画に長く携わってきた自分を振り返るきっかけになった。

「結局、ふとしたときに手を差し延べてくれる人に出会えるかどうかで、その後の人生が変わってきますよね。僕の場合、監督をはじめ、照明さん、音声さん、美術さん等々、作品づくりに携わる多くの人たちとの出会いがあったからこそ、これだけ長く俳優をやってこれたんです」

 小林さんの2人の子どもは俳優になっている。その決断に父親は反対しなかった。小林健さんはNHKの朝ドラ『ひらり』への出演が決まったとき、「選んでくれた人に感謝しろ」と言われたという。

 健さんは撮影現場で、父親と共演したことのある俳優と出くわすことが多い。

娘の千晴さんも女優。『鉄道警察官・清村公三郎』では共に難事件に挑む警察官を演じた
娘の千晴さんも女優。『鉄道警察官・清村公三郎』では共に難事件に挑む警察官を演じた

「女優さんから“昔、お父さんに電話番号を聞かれた”と言われて、変な汗をかくこともあるにはあるんです(笑)。でもみんなにこやかで、嫌な顔をしていないから、よく言えば愛されキャラなのかなって。親父に嫌なことをされたから、“おまえにも同じようにしてやる”みたいな人には会ったことがないんです」

  “2代目”への周囲の態度は、初代の評判そのものである。

 今年80歳になった小林さん。この年になって、高倉さんの言葉を思い出すという。空路で『鉄道員』の撮影現場に行き、飛行機を降りるとき、こう言ったという。

〈稔侍、あといくらやっても(映画出演は)3本だよな〉

「聞いているだけで心が痛かったですけど、本当に3本だった。年をとると大なり小なりそういうことを考えますよね。僕は不器用だから、少しでも長く生きて、年相応の役ができたらってね

 そう語ったあと、小林さんはひと呼吸おいて、こう付け加えた。

「無様でもいいから、死ぬまで役者生活を続けたいね」

 名優の本懐である。

高倉さんと毎晩のように夕食を共にし家族より多くの時間を過ごしてきた
高倉さんと毎晩のように夕食を共にし家族より多くの時間を過ごしてきた

 取材・文/西所正道(にしどころ・まさみち )●ノンフィクションライター。人物取材が好きで、著書に、東京五輪出場選手を描いた『東京五輪の残像』(中公文庫)、『絵描き 中島潔 地獄絵一〇〇〇日』(エイチアンドアイ)など