3歳児を担当した水野は
仕事を続けながらの大学通いはなかなか大変だったようだ。'21年4月のブログでは、
《満員電車に揺られての登校、昼休みは図書館で突っ伏して寝て、帰宅すれば家の仕事。30年振りの第二外国語、ほぼ40年振りに向き合うピアノ、そして覚えてもすぐに忘れるお年頃。週六日登校の時期もあり、なかなかハードな日々でした》
と、真剣に学業に取り組んだ日々を振り返っていた。幼児教育には、以前から関心を持っていたらしい。
「仲のいい友人から、“子どもには教育しか残せない”と言われたことが、すごく心に残っていると話していましたね。表現者としての自分を顧みて、自分が受けた教育環境が大きく影響していることを感じ、教育が人を成長させる意義を深く考えるようになったそうです」(水野の知人)
水野が編入したのは、教育学専攻。総合的に教育について学んでいたが、免許取得ができる『幼稚園教員特別プログラム』にも参加する。
「最初は自分を見つめ直すための勉強だったんですが、幼児教育に関連する講義を受けるうちに、自分も資格を取ろうと考えたそうです。誰かの役に立ちたいという思いが、だんだん強くなっていったんですね」(同・知人)
プログラム参加後、免許取得のために必要な4週間の教育実習に臨むこととなる。
「水野さんは3歳児の担当をされていました。『やさいなんてだいっきらい』や『おおきなかぶ』など、よく紙芝居で読み聞かせをしてくださったと聞いています。最初は子どもたちの正直な反応に戸惑うこともあったようですが、一緒に過ごす時間が増えるにつれ、すくすくと成長する園児たちの吸収の早さに驚いていたみたいですよ」(前出・幼稚園に子どもを通わせる保護者)