グループ向きではなかった彼の8年間は
彼が脱退した4年後には、小山慶一郎がテレビでこんな自虐的発言をしている。
「『○○の愉快な仲間たち』の“愉快な仲間”だけしか残ってない」(『櫻井有吉アブナイ夜会』TBS系)
〇〇に入るのが、山Pなのは言うまでもない。
そんな成り立ちのせいか、NEWSは足並みがそろわず、メンバーの不祥事による活動休止も経験。それでも、彼はソロで結果を出し続け、格差は埋まらなかった。
ただ、彼自身、グループ向きではなかったようにも思える。迷走するグループの中で活動した8年間は、やや窮屈だったのではないか。脱退後は積極的に海外進出を目指したが、欲張りすぎた感もあり、また、どうせならいっそ、もっと早く退所する手もあっただろう。
ジャニーズを辞めるという転機の活かし方についても、いまひとつだった印象だ。
とはいえ、新旧メンバーを通じ、誰より「ニュース」になるのは今なお山P。いや、こんなふうにグループ名を絡めた語り方をされ続けるのはおそらく不本意だろう。
そうされないほど圧倒的な存在になること。そのとき初めて、転機を活かせたといえるのかもしれない。
ほうせん・かおる アイドル、二次元、流行歌、ダイエットなど、さまざまなジャンルをテーマに執筆。著書に『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)