「声優人生の集大成」冴羽獠というキャラ

プライベートでも親交のある浜田太一とのツーショット。お互い、カメラが趣味ということで、撮影旅行にもしばしば行くという。熊本の霊巌堂にて。
プライベートでも親交のある浜田太一とのツーショット。お互い、カメラが趣味ということで、撮影旅行にもしばしば行くという。熊本の霊巌堂にて。
【写真】アイドルとして人気を集め、第2次声優ブームの牽引役となった頃の神谷明

 “冴羽獠”は、いまや神谷明の代名詞でもある。週刊少年ジャンプに連載され、'87年にアニメ化された『シティーハンター』の主人公・冴羽獠は、神谷が「自らの声優人生の集大成」と述べるほどのハマり役。自身の個人事務所も「冴羽商事」と名付けている。『シティーハンター』の初代監督である、こだま兼嗣は言う。

「冴羽獠を演じられるのは神谷さんしかいないと私は思っていました。でも、神谷さんは週刊少年ジャンプ連載の作品に何本も出ているという理由で、制作に入る前に編集部からNGが出たんです」

 そうとは知らず、たまたま神谷は週刊少年ジャンプの編集部に顔を出した。すると、編集長から問われた。

「『シティーハンター』、やりたい?」

 迷いはない。「もちろん!」と即答すると、状況は一変。主役の冴羽獠役は土壇場で神谷に決まった。 

「神谷さんがOKになった時点で、『シティーハンター』は成功すると思いましたし、そのとおりになりました。マンガではセクハラまがいのシーンもいっぱいあるんですけれど(笑)、例えば“もっこり”というセリフでも、神谷さんは明るく爽やかに表現してくれた。私が驚いたのは、番組に毎週ファンレターが段ボール箱いっぱいに届くんですが、その9割が女性からだったんです」

 シリアスな二枚目も、女たらしでドジな三枚目も、変幻自在に演じる神谷の冴羽獠は、男性からも女性からも好かれるヒーローとなった。

「『シティーハンター』で、やっと僕も山田康雄さんたちの域に近づけたかな」

 と、神谷は相好を崩す。『シティーハンター』は、'93年には香港でジャッキー・チェン主演の実写版が製作され海外でもたびたびリメイクされる人気作品となった。

 '19年。日本でも約20年ぶりに『劇場版シティーハンター 〈新宿プライベート・アイズ〉』が公開。このとき神谷は72歳。声優は50代からポテンシャルが落ち始めるといわれるが、

「20年前と変わらぬ声が出せるよう、一生懸命リハビリして収録に臨みましたよ(笑)」

 と神谷は話す。アニメの世界では、過去作品の復活は成功しないというジンクスがあるものの、『新宿プライベート・アイズ』は観客動員100万人を超える大ヒットとなった。そして今秋、冴羽獠が帰ってくる。『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』で、物語はいよいよ最終章を迎える。この作品で総監督を務めたこだまは言う。

「今まで避けてきたストーリーに正面から取り組みました。激しいアクションシーンが見どころですが、戦いを終えた後にも注目してください。獠の思いを表現する神谷さんの見事な演技には物語のすべてが集約されていて、私も収録のときから鳥肌が立った」

 神谷も「やり切った」と、会心の笑みを浮かべる。

「前作は公開の日まで気持ちの中に自信と不安が同居していましたが、今回は自信しかないんです。劇場に足を運んでもらえたら、最後は大泣きすると思いますよ」

 映画は「最終章」だが、声優・神谷明の仕事にまだまだエンディングは訪れない。新作公開中の9月に77歳を迎える神谷を“レジェンド”と呼ぶファンもいる。だが、今もトップランナーであり続ける神谷に“伝説”の二文字はふさわしくない。

これまで、自分にできることを続けてきました。これからも、自分にできることを続けていきたい。声が出るうちは“現役”ですよ。

 若い世代と同じ土俵に上がって、オーディションでいろんな役に挑戦したいんです。その姿を見せることが、後輩たちに僕が伝えられる“声優の道”でもあると思っています─」

<取材・文/伴田 薫>

はんだ・かおる ノンフィクションライター。人物、プロジェクトを中心に取材・執筆。『炎を見ろ 赤き城の伝説』が中3国語教科書(光村図書・平成18~23年度)に掲載。著書に『下町ボブスレー 世界へ、終わりなき挑戦』(NHK出版)。