事業家として、歌手として、できることを模索し続けたい
金嶋さんは歌手として、やりたいことがあるという。
「もしかしたら『紅白』に出られるチャンスもあるかも……という淡い期待もあるけれど、プロの歌手としてデビューしたことで、社会貢献の幅が広がったと思うんです。普通の歌手は、歌を歌い続けることでお金を稼がないといけないと思いますが、私はそうじゃない」
養護施設で歌を披露した際、自身にとっても思い出深い三橋美智也の歌を熱唱した。
「入居されているおばあちゃんやおじいちゃんが涙を流して喜んでくれるんです。『うちの人が生きているときに、よく歌っていた。懐かしくて、うれしくて』って。歌って人を感動させるんですね。寄付とは違う、歌手にしかできない恩送りもあるんじゃないかとひらめいた」
社会活動も二刀流で挑む。57年間、互いに支え合ってきたみどりさんは、夫の新しいスタートをこれまでと変わらずに見守る。
「いろいろと苦労してきた姿も知っています。もう78歳ですから、好きなことをさせてあげたいなっていう気持ちですね」(みどりさん)
少し照れくさそうに笑う。
「歌を歌ってるときの主人の顔は、本当に素敵だと思いますよ」(みどりさん)
社長夫人になっても、4畳半の部屋に響いていた歌声を忘れることはない。
金嶋さんは、「縁というのはとても大事なもので、大切な人とは遅かれ早かれ必ず出会う」と、言葉に力を込める。
「事業家として結果を出すことができたのも、歌手として新しい扉を開くことができたのも、縁のおかげです。人間にはそういうチャンスが巡ってくる。だけど、それをつかむためには熱意が欠かせない。逆に言えば、熱意があれば、チャレンジをさせてくれるということ」
縁を引き寄せるためには何が必要か?
「幸せは自分一人ではつかめません。幸せは、人がくれるものですから投資をしないといけません。といっても、金銭の投資ではないんですね。思いやりや気遣い、優しさ。これも立派な人への投資なんです。この積み重ねが、何年、何十年とかかるだろうけど、幸せにつながる」
人は老いていくと、人付き合いも物持ちも、どう減らしていこうかと「引き算」の考え方になりがちだ。だが、金嶋さんには、自らがやりたいこともあれば、誰かに与えていくことも、「まだまだある」と話す。私財を投じてでも、社会に恩送りをする。まねのできない「足し算」だ。
どうして金嶋さんの笑顔が、人を惹きつけるのかがわかったような気がする。この人の笑顔は、夢を叶えた人の笑顔ではなく、やりたいことを思う存分発揮している人の笑顔なのだ。
「恩送りをしながら歌を歌い続けたい。私にしかできないことがある」
キャリア2年の新人歌手。だが、金嶋昭夫の熱意は、78年間、ずっと燃え続けている。
<取材・文/我妻弘崇>