『かたり』を生み出す独特の取材スタイル

 山田のネタ作りは、取材から始まる。『稲尾和久物語』や『永六輔物語』のように、山田が交流があった相手の場合は、記憶を『かたり』に落とし込めばいい。存命の人物なら、本人に会いに行く。物故者なら、周辺の人にアポを取る。取材と同時に、「中途半端な舞台はしませんから」と、上演の許可も願い出る。

「『沢村栄治物語』を作ったときは、娘さんに話を聞きました。三重県の母校に行ったり、恩師を探したり、墓参りに行ったり、ご本人が生きた空間を肌で感じるようにします。松下電器(現パナソニック)の松下幸之助さんの話はお孫さんに、ソニーの盛田昭夫さんは娘さんに、Hondaの本田宗一郎さんは右腕と呼ばれたナンバー2の方に協力していただきました」

 取材スタイルも独特だ。記者のようにICレコーダーを回したり、動画を撮ったりしない。メモだけ。気になったことを箇条書きにするが、基本は頭にインプットする。

 材料集めが済んだら執筆。1席あたりの分量は、400字詰め原稿用紙で30~40枚。最初にしゃべりたい内容を箇条書きにし、それを肉付けしていく。一切声に出さず、ただ黙々と書く。数か月単位の創作作業だ。

 毎朝6時半に起きる山田は、外出する仕事がなければ、午後3時までを執筆に当てる。原動力は、どんな状況でも必ずとる3食の食事。

「朝7時、昼12時、午後6時。1年365日、決まった時間にきちんとごはんを食べます。不規則になると、僕のために働いてくれている胃腸がかわいそうでしょ。仕事の移動中でもパンを口にします」

 と言う、きまじめなこだわり。睡眠時間も1日6~7時間は必ず。健康体に裏打ちされ、山田は原稿用紙へ、手書きで向かう。

「完成してから初めて、声に出して覚える作業に入ります。1時間のネタを覚えるのは大変です。覚えるというか、身体に入れる、身体に染み込ませる感じですね。頭の中でしゃべる感じで、声には出しません。声に出したらそれだけで精根尽き果てるので、何度もお稽古できないんです」

 本番の前のリハーサルもしない。マイクチェックだけ。原稿をなぞるのではなく、全部原稿を忘れて、あたかもその場で言葉が生まれている感覚を、聞く者に届ける。リハーサルをしない理由を山田は、「脳が飽きちゃうんです。そうすると、自分で感動しながらしゃべれない。原稿どおりにやろうとすると、1か所でも順番が逆になると飛んじゃうんです。常にぶっつけ本番の心持ちです」

 芸能生活40周年の東京公演を仕切った前出・橋内氏は「前説も自分でやる。照明も明るいままなので、照明さんもやることがない(笑)。イスの位置とかマイクの位置とか、リバーブの反響を確認する程度」と、手のかからない出演者だったと振り返る。
『かたり』に苦労をにじませることを、山田は避ける。そこには立川談志師匠に言われたひと言が生きている。

「暮れに落語の『芝浜』を聞いたことがあるんです。万雷の拍手ですよ。終わったあと、師匠が僕に『楽そうに見えるだろう』って。こっちは返事できないでしょう。ハイとも言えない。戸惑っていたら、師匠が『楽そうに見せるのが仕事なんだよ』。あれはしびれましたね」