配信広告を伸ばすことも大事だが、下がり続ける放送収入を食い止める何かも必要だ。日本テレビが昨年11月に発表したアドリーチマックス(AdRM)プラットフォームは、その何かになる可能性がある。来年4月からスタートすると言う。テレビCMの取引をこれまでの習慣から解き放ち、ネット広告の取引に近づけるのがコンセプトだ。例えばこれまでは、テレビCM素材は放送日の中4日前に入稿する必要があった。AdRMでは直前でも入稿可能になるという。天気など世の中の動きに合わせてCM素材を使い分けられるのは広告主にとってメリットだろう。

 だが私が注目するのはAdRMの「インプレッション取引」だ。これまでのスポットCMの取引ではGRP、視聴率が使われていた。6月の2週間、1000GRPのCM枠を買いたい、と発注する。これをネットと同じインプレッションに変えるのだ。GRPは率なので、人数として捉えられなかった。だがインプレッションは実数であり、人数とも捉えうる。

 インプレッション取引になることで、テレビCMとネット広告が同じ単位で語れるようになる。広告主としては、テレビでもネットでもいいので、CMを見てもらうのが目的だ。同じ単位になればわかりやすくなるだろう。

TBSの新人事

 今回の決算と同時に新人事を発表した局もある。TBSテレビは佐々木卓社長が会長に退き、新たに龍宝正峰氏が社長に就任した。龍宝氏は2020年に各局が大きく増資して会社になったTVerの初代社長だ。TVerを2015年の立ち上げから支えてきた功労者。その龍宝氏が社長になったことは、TBSの今後は放送だけではないとの業界への宣言だ。

 またTBSは新たな中期経営計画も発表した。元々、2021年に発表したグループVISON2030があり、それに沿って2026年までの計画を示したものだ。中身を見ると、非常に戦略的で、よくできている。グループVISIONも発表されたときにこれまでのTBSが生まれ変わったように感じたが、着々とその延長線上で進めている。龍宝氏の社長就任も、佐々木卓氏から流れを引き継いだもので、大きなVISIONに則った交代なのだ。

 テレビ局は厳しい時代だからこそ戦略が重要になってきた。上層部でVISIONをきちんと議論して社内外に示す局と、未来はわからないとトップが言い放つ某公共放送では、その後の明暗が分かれるだろう。ましてや、いまだに30年前から君臨し続けるトップが、配下の人間をちょこまか異動させているだけの局は、明暗の暗に落ちていく。これから数年間でその差は明らかになると思う。


境 治(さかい おさむ)Osamu Sakai
メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学文学部卒。I&S、フリーランス、ロボット、ビデオプロモーションなどを経て、2013年から再びフリーランス。エム・データ顧問研究員。有料マガジン「MediaBorder」発行人。著書に『拡張するテレビ』(宣伝会議)、『爆発的ヒットは“想い”から生まれる』(大和書房)など。X(旧Twitter):@sakaiosamu