夫が、妻の介護や慣れない家事を一手に引き受けるとなると、戸惑う男性も多い。しかし大助さんは、花子さんが病に倒れたとき、すぐに「自分が面倒をみる」と決意。
「嫁はんが僕より先に病気になっただけ。周りから『大ちゃんえらいな』って言われますけど、僕は当たり前のことだと思ってるし、負担だと感じたことは全然ないんです」
「僕たちは2人で1人なんだと感じています」
大助さんは花子さんが病気になってから気づいたことがたくさんある。
「昔は自分がネタを作ってるんだというプライドがあって、『一家の大黒柱は僕や』という自負がありました。でも違った。本当の大黒柱は嫁はんだったんですね。女の人が病気になったら家の中が一気に暗くなる。仕事も減って、僕たちは2人で1人なんだと感じています」
以前は花子さんのことを、妻というより「相方という存在だった」と話す大助さん。これまでを振り返り、後悔していることもある。
「漫才漬けの生活で、嫁はんのストレスも大きかったはずなのに、あまり気にかけてあげられなかった。花子を傷だらけにしてしまった、なんでもっと大事にせえへんかったんや……という後悔が今でもあります。だから今は一生懸命尽くしたいし、嫁はんのためにも、僕が健康でいないと。『嫁はんは元気なうちに大事にせい』と、世の中の男性のみなさんに伝えたいですね」
これまで8か所の腫瘍転移や救急搬送など、数々の窮地を乗り越えてきた花子さんが、大助さんに弱音を吐いたことがあったという。
「前に『生きるってつらいな……』と言うたことがあるんです。首を絞められるような思いでした。僕があまりにも悲しい顔をしたのでしょう。嫁はんはそれ以来、同じ言葉を言わんようになりました」
つらく、苦しい闘病や介護を乗り越えてこられたのは、花子さんの前で「マイナスなことは言わない」というマイルールのおかげ。
「『今度の舞台、楽しみやな』とか、未来の夢や希望を語るようにしています。大阪の人ですから、もちろんタイガースが負けても『勝ったで』と言うてね。『嘘つけ! DeNAに負けとるがな』ってすぐバレますけど」
オムツを取り替えるときも、「今日も花ちゃんのオムツの交換~♪」と歌う。
「そしたら嫁はんがゲラゲラ笑って、“プー”って屁をこいたりして(笑)。『ええかげんにせぇ!』って言うて、明るく暮らしています」
病気をきっかけに生活が激変した一方で、2人で落ち着いて過ごせる時間が増え、夫婦の絆が深まった。
「今は第2の恋愛期間。漫才師としてバンバン笑いをとっていたころとは違う、今を必死に生きる嫁はんに、2度目の恋をしているんです。僕にとって嫁はんは、かけがえのない“宝物”。漫才の相方という存在を超えた、“人生の相方”なんですよ。僕は、嫁はんから徳をもらっています」
花子さんの体調をみながら単独ライブの開催やテレビ出演、講演会など2人で仕事もこなす。今年4月には、5年ぶりに「なんばグランド花月」の舞台に立った。
「漫才はセンターマイクの前で立ってやるものだと思っていたので、座って漫才をすることに最初は違和感がありました。嫁はんは車いす、僕は椅子に座るのですが、今では『これが本当の“座・MANZAI”です』なんていうボケも入れたりして。ネタ合わせをする体力はないので、『こんな感じ』程度で軽く打ち合わせして、ほぼぶっつけ本番で舞台に出ていきます」