幻聴や幻覚による不眠で神経がおかしくなり……

人工呼吸器をつけた俳優の小堀正博さん。人工呼吸器をつけ始めた当初は“意識して”呼吸することが難しかったそう 写真/本人提供
人工呼吸器をつけた俳優の小堀正博さん。人工呼吸器をつけ始めた当初は“意識して”呼吸することが難しかったそう 写真/本人提供
NHK朝ドラ『舞いあがれ!』出演俳優が緊急搬送された直後の姿

 何とか危機を脱し、意識が戻ったが、本当に大変だったのはそこからだった。

「少しだけ手を動かせるようになったのは、2週間後の3月末でした」

 声を初めて出せたのは、そこからさらに半月後。それまではコミュニケーションはすべて文字盤を使っていた。

病室のエアコンが寒いとか、ちょっとしたこともすべて文字盤を使わなければならないのがすごくもどかしかったです。顔の筋肉も麻痺しているから、表情で伝えられない。自律神経も乱れてしまって体温調節ができず、3月でまだ寒い日もあるのに身体の下に氷枕を5つも入れたりしていました」

 同時に幻聴や幻覚の影響による不眠に悩まされる。

「神経がおかしくなっていたんでしょうね。その場にいない家族の声が聞こえたりするんです。自分の身体につながっている機械の音もうるさくて、夜中も1時間半ごとに目が覚めてしまう。

 このころは治る見通しも立っていなかったので、頭がハッキリするにつれ“もう役者としてはおしまいだ”と考えてしまい、絶望感に苛まれました」

 人工呼吸器を外して自発呼吸に戻れたのがゴールデンウイーク明け。そこから1日3時間のリハビリが始まった。

「少しずつできることが増えるので、リハビリ自体はつらくありませんでしたが、以前のように動けるとはまったく思えませんでした」

 そんな中、家庭教師として関わっている生徒やその家族からの励ましの声が大きな支えになったという。

「僕の生徒さんは受験生も多いので突然、連絡が取れなくなって迷惑をかけてしまったという申し訳ない気持ちでいっぱいだったんですが、オンラインでメッセージを集める『WEB寄せ書き』をいただいたんです。とてもうれしかったですね。

 教えるのも好きなので、俳優を続けられなくてもこの仕事があれば大丈夫だと思うと、気持ちも少しラクになりました」

 そんな毎日の中、希望になったのが次の仕事だった。

「7月に広告の撮影が入っていたので、それまでに何とかしなきゃという気持ちだけが当時の支えでした」

 撮影日から逆算して退院することを目標に定め、リハビリに力を入れた。

「それで身体も顔もかなり動くようにはなったのですが、やっぱり意のままに、というには程遠くて。演技に不可欠な表情が思うようにつくれないし、左半身の動きも悪いまま。俳優として現場に戻れるとは思えませんでしたね」