「捜査関係者によると、妻のさよさんは3月2日の午後8時ごろが死亡推定時刻。政幸さんの死亡推定時刻は同じ日の午後9時だそうで、妻を殺した後に夫が自死した可能性が高い。動機などはわかっていませんが、警察は高齢夫婦による無理心中を視野に捜査を続けているようです」(前出・社会部記者)

2025年3月2日に転落した男性の遺体が発見された福岡市中央区のマンション
2025年3月2日に転落した男性の遺体が発見された福岡市中央区のマンション
【写真】福岡市の自宅マンションで妻が溺死した後に階段から飛び降りた男性のFacebook

3か月前に山で遭難して救助された

 前述したFacebookによると、政幸さんは福岡市の出身で、県内にある進学高校を卒業後、東京にある私立大学に進学。1970年には大学を卒業とあった。

 また、福岡県糸島市にある『糸島新聞社』が、政幸さんについての記事をネットに掲載していた。それによると、政幸さんは2024年9月、自宅から約30キロメートル離れた糸島市にある標高210メートルの立石山に登るも、道に迷ってしまい、斜面を滑落して動けなくなってしまったという。当日は残暑が激しく、水を持参していなかった政幸さんは携帯電話で119番通報。駆けつけた糸島市消防本部の隊員20名に救助されて、一命を取りとめた。

《あの日もらったスポーツ飲料の味は一生忘れられない》《4、5回来ているし、1時間くらいで撮影だけして帰るからと軽い気持ちで山に入ったのがいけなかった。山の高さに関係なく、一人で入山するのは気をつけなければいけないと痛感した》という政幸さんのコメントも載っていた。

 救助された感謝を示すため、政幸さんは2024年12月20日に消防本部を訪れて、長期保存できる飲料水や非常食の寄付もしたという。

 そんな命の尊さを知りうる人物が、3か月後になぜ、このようなことなったのか。謎は深まるばかりである。