二度と小説を裏切らずひどい世界も描ききる
村田さんは、親や先生に心配されるほど、繊細で泣き虫な子どもだった。人の顔色を見てびくびくする子にとって、小説の世界の中だけは自由だった。
「4年生ぐらいから小説を書き始め、6年生のときに母と半分ずつお金を出し合ってワープロを買いました。それから、すごくのめり込んで書きました」
当時流行った『ティーンズハート』やコバルト文庫など少女小説には、もれなく登場人物の挿絵があり、村田さんもまた自分の小説の登場人物のイメージを絵で描くようになった。
「中学生のとき、ティーンズハートの新人賞に応募しようとして“入選するため”に“大人が喜ぶものを書こう”と考えたことがあった。それは裏切りでした。小説という唯一、自分を自由に伸び伸びとさせてくれていた場所に対して、私はひどい裏切りをしたんです」
以来、それがどんなに苦しくても残酷な内容になっても、小説を裏切ることはしていない。
今も小説を書くときは、登場人物のイメージ画を描くことから始める。どんな顔や体形で、どんな服を着ているか、何が好きか、どこに住んでいるかなどの設定をノートに描いていく。
「空子さんと友人、お父さんお母さん、ピョコルンも。作中で成長していくので、年齢ごとのイメージ画と年表もつくりました。コミュニティーによって表情や雰囲気もあるし、いっぱい描かないといけなかったんです」
おっとりとチャーミングに語られると、人物造形もストーリーを書くのも楽しそうに見えるが、とんでもない。
「自分の内を切り裂き、核のようなものを取り出し、水槽に入れるイメージ。それが軸となって、登場人物たちが動き出し、おしゃべりし、エピソードができてくる感じです」
出てきたエピソードがどんなにおぞましくても、目を逸(そ)らしたくても、正直に書き留める。
「パラレルワールドっぽい世界を書きますが、私にとっては現実よりずっとリアルで、自分の核に近づけて表現しています」
女性の負担をピョコルンが引き受けてくれて、空子たちは生きやすくなっただろうか。ピョコルンとは何者なのか。読み進むにつれて明らかになる驚愕(きょうがく)の世界。村田ワールドは、常識の澱(おり)を洗い流してくれる。
最近の村田さん
「自分の部屋では書けないんです。どうしても空想の世界に入ってしまうから。朝、モーニング付きの喫茶店から始まり、散歩を挟みながら喫茶店を移動して書くことが多いです。程よいざわめきの中がいい。
この小説は、連載中にスイスに滞在して書いた時期もありました。物価が高くて喫茶店のハシゴはできませんでしたが。よく集英社の廊下にある机などでも書かせてもらいました」
村田沙耶香(むらた・さやか)/1979年、千葉県生まれ。2003年『授乳』で群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。'09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、'13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、'16年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。ほかに『マウス』『ハコブネ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『地球星人』など。
取材・文/藤栩典子