2016年秋、東京駅のほど近く、中央区京橋に新たなランドマークが誕生する。現在建設中のその複合施設の仮囲いで、圧巻のアートパフォーマンスを見せるのはペイントアーティストのさとうたけし氏。多くのオーディエンスに見守られる中、全長60メートルにもわたる巨大なキャンバスを徐々に彩っていく。

 だが、彼が手にしているのは筆ではなく、ペイントローラーだ。

「僕にとってライブペイントをやっていくうえで重要なものは、スピードと意外性の2つ。“まさかこんな道具で描いちゃうの?”っていうモノで描けたら面白いなって。それで偶然手にしたのがローラーでした。でも、意外と描けたんです。最初はひどい仕上がりでしたが、これでクオリティーを追求できたら、すごいことになるなと。可能性を感じました」

 高卒後、19歳で単身渡米、そこでたまたま見かけた1枚の壁画が彼の人生を変えた。

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炎天下の中、真剣な眼差しで描いていくさとう氏。真っ白だった巨大なキャンパスには、徐々に女性の顔が浮かび上がっていく

「ビルとビルの間に何かが見えて。写真かなって思ったらなんと絵だったんです。しかも、描きかけの! もし“できあがった絵”を見ていたら僕はペイントアーティストにならなかった。僕はそこで“絵を描いているところ”を見てしまったんです。衝撃を受けました」

 その後、壁画を手がける職人になるも、何かしっくりこない。そして葛藤が生まれる。

「壁画職人というのは“誰かがデザインしたものを大きく描く”そういう仕事なんです。結局どんなに技術があっても評価されるのはデザインした人。自分にも価値を見いだしてほしいってジレンマを感じていました。あと、やっぱりアメリカで見たあの絵が忘れられなくて。僕が衝撃を受けたように、僕も人に影響を与える人になりたいって思いました。仕上がった作品だけでなく、描いている過程が作品というか、そこに何かを感じたんです。それでライブペイントをするアーティストに転身しました」

 仕事をすべて捨て、職人からアーティストへ。

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3日目、最終日。女性だけでなく、携帯を手にしたビジネスマンや江戸三大祭りのひとつ「山王祭」の神輿を担ぐ男衆も描かれていた。

「アメリカは描かせてもらえる壁が多いのですが、日本にはなかなかなくて。そこで見つけたのが建設中のビルなどの仮囲い。いろんなところに話を持ち込んだのですが、最初は話すら聞いてもらえませんでした。でもやっと仙台で1か所だけ見つかって。それがすべてのスタートでした。そんな苦労があったから、今日、東京のド真ん中である京橋で、自分で提案したものを描かせてもらえるなんて夢みたい!」

 思わず感極まったと目を輝かせる。

 さらにただ描くだけでは面白くないと、今回は"3日間で描く"と自分に挑戦状を突きつけた。どこまでも自分にストイックなさとう氏だが、次なる夢は?

「東京オリンピック出場!」

 ……えっ!?

「ではなく(笑い)、開会式とかセレモニーとか、それこそ新国立競技場の仮囲いに選手の絵を描いてみたいです!」

 2020年、選手の顔を描くさとうさんの姿、楽しみにしてます!

 


撮影/佐々木みどり、吉岡竜紀