歴史ある文芸誌を史上初の増刷に導き、3月11日に発売した書籍はオリコンランキング1位を獲得したピースの又吉直樹。
《大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい陽射しの名残を夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている》
なんとも格調高いこの文章は、ピースの又吉直樹が書いたもの。初めて出版した小説の単行本『火花』の冒頭部分だ。3月11日に発売され、書店では入り口近くの目立つ場所で平積みになっている。
「最初の1週間で8万1000部の売り上げで、すぐに増刷も決まって発行部数は35万部に達しました。こんな売れ方をするのは、ほかには村上春樹さんの小説ぐらいしかありませんから、驚異的な数字ですよ。芸人さんが本を出すのは珍しいことではなく、麒麟の田村裕さんの『ホームレス中学生』や品川祐さんの『ドロップ』は有名ですね。でも、又吉さんのは純文学ですから、出版業界の関係者はみんな驚いています」(文芸担当編集者)
まさに、日本の文芸界を揺るがす事態となっているが、“事件”は、1月に始まっていた。『火花』を掲載した老舗文芸誌の月刊『文學界』が、発売と同時に売れ切れたのだ。
翌日に7000部、翌々日に2万3000部の増刷が決まった。増刷は『文學界』が創刊して82年目にして初めてという快挙である。
「文芸誌というのはいわゆる純文学の小説や評論の雑誌で、ミステリーなどのエンターテイメント系の小説は載っていません。ほとんど純文学業界だけで流通している雑誌ですから、今回初めて購入したという人も多かったんじゃないでしょうか。いまどきの小説にしては風景描写が多いのは、芥川、谷崎、太宰といった文豪の作品に長らく親しんできたからでしょうね」(書店関係者)
活字は苦手だという相方の綾部祐二とは対照的に、彼が小説にハマるきっかけとなったのは、芥川龍之介が大正11年に発表した『トロッコ』だった。
「それからは、同じく芥川の『羅生門』や中島敦の『山月記』など、日本の近代文学を読みまくったそう。その中でも、いちばん衝撃を受けたのが太宰治の『人間失格』だったんです」(又吉の知人)
過去の雑誌インタビューでも、当時のことをこのように語っていた。
《『人間失格』を読んで、あれ、こいつ俺とやり方まったく一緒やと思って(笑)。みんなを笑かすためにやる行動がいちいち完璧なんですよ》
太宰とは不思議な縁があった。大阪から上京して初めて住んだ三鷹のアパートが、たまたま太宰もかつて住んでいたエリアだったというのだ。
「又吉さんにとって太宰は特別で、ひとりで『太宰治ナイト』というイベントまで主催するほど。『走れメロス』にツッコミを入れながら読んでいったり、彼の名言を自分風にアレンジしたり、文学を取り上げながらもお笑いのイベントになっています」(バラエティー番組関係者)