過激派組織「イスラム国」が日本人ジャーナリスト・後藤健二さん(47)を殺害したとする映像をネットで公開してから約1週間。しかし、そのもくろみははずれ、ネット上で広がっているのは後藤さんの仕事中の画像だった。
《あの(イスラム国が発信した)映像を共有しないで。彼らのゲームに加わってはいけない。仕事をしているときのケンジの画像を共有しよう》
「イスラム国」が後藤健二さんを殺害したとみられる映像がネット上で拡散し始めた1日早朝、英BBCのジェームズ・ロングマン記者がツイッターでそう呼びかけた。
かわりに貼りつけたのは、後藤さんが現地の男の子と一緒に自画撮りするほほえましい画像だった。男の子は少しはにかみ、後藤さんは笑顔でカメラのファインダーをのぞき込んでいる。
オレンジ色の囚人服で険しい表情の後藤さんとはまるで別人である。
しかし、この笑顔こそが本来の姿に違いないと確信させる貴重な1枚だ。ツイートは世界中の共感を呼び、6日現在で1万8000件以上のリツイートを数えている。ロングマン記者の書き込みを知ったフォロワーによって瞬く間に拡散した。
「なぜ日本人記者がいの一番に呼びかけられなかったか。さんざんつらい記事を書いてきたのに、それが悔しい」
と全国紙社会部記者。
世界中に恐怖と憎悪をまき散らしたい「イスラム国」はこれまで、湯川遥菜さん(42)と後藤さんを砂漠にひざまずかせた最初の脅迫映像をはじめ、湯川さんを殺害したとする写真を後藤さんに持たせた画像や、後藤さんを殺害したとする映像、ヨルダン人パイロットを焼き殺したとする映像などをネットで公開。すると、われ先にと残酷映像のコピーが始まり、動画投稿サイトの運営会社が削除しても追いつかない状態になっていた。
「ロングマン記者は私たちにシンプルで有効な防御方法を教えてくれた」(前出の記者)
反響を呼んでいるのはもうひとつ、後藤さんが生前に書き記したツイッターの内容だ。’10 年9月7日のツイートにはこう書いてある。
《目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。―そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった》
共有するリツイートは6日現在で4万件に迫る勢い。ほかにも、後藤さんがほとばしる思いを短いメッセージの中に込めた言葉がいま、共感の輪を広げている。
後藤さんとは15年来の付き合いというNPO法人『難民を助ける会』の堀江良彰事務局長(46)は、「後藤さんの撮る映像は、いつも子どもが中心でした」と振り返る。
「戦争や紛争下にある子どもたちの生活や表情です。戦闘シーンではありません。反戦を声高に訴えるわけでもない。後藤さんの言葉の端々には、犠牲になるのはいつも子どもや女性など弱い立場の人間なんだということが感じ取れました。後藤さんの取り組みをみんなで共有し、分かち合おうという動きはうれしいですね。彼の仕事を広く知ってもらいたいと思っています」(堀江事務局長)
ジャーナリストは伝えることが仕事。そして後藤さんのメッセージは、こうしている今も広がり続けている。