作品として必然性があるとしても、経験豊富な実力派女優が脱ぐ必要があるのかという疑問は誰もが持つだろう。
「台本を読んで、どうしてもやりたいと思ったんです。最後の長ゼリフを言いたかった。それでも、覚悟は必要でしたね。全身をさらすシーンを見てもらうには、私自身に凜(りん)とした強さがなくてはならない。ただ、その覚悟や度量がなければ、逆にあの最後のセリフは言えない」
彼女自身がどうしても言いたかった長ゼリフは、この映画のテーマそのものだ。今、自分が当たり前だと思っているすべてのことが「本当なのか」と正面から問われ、心に突き刺さってくる。
「あなたは自分をちゃんと生きているのか、この国の女は自由を手にしているフリをしているだけだ、など衝撃的な言葉の数々は、すべての物事へのアンチテーゼなんですよね。監督の“世の中これでいいのか”という切羽詰まった叫びでもある。
ただ、最後のシーンを撮影する前の晩、私には背負いきれない、私の中身はスカスカだから、あのセリフは言えないと、のたうち回るほど苦しくなって。当日は撮影所の敷地内にある神社にお参りに行きました。見えない力を貸してほしいと必死でした」
その最後のセリフは素晴らしく、そして効果的だった。誰の中にもある“ふとした狂気”をごく自然に見せる彼女の演技に度肝を抜かれること確実だ。
この作品は、現実と虚構が入りまじり、ある意味で難解であり衝撃的でもある。
「日常生活の続きのままこの映画を見ると、どう受け止めていいかわからなくて戸惑うでしょうね。私はぜひ女性にこの作品を見てほしいんです。会社や家庭の中で演じている役の仮面をはずして、まっさらな素の気持ちで映画館の席に座って、浴びるように見てもらいたい。そうすると、きっと偏見とか良識とか、自分が正しいと思っていることへの疑問とか、心揺さぶられることが起こると思います」
<プロフィール>
つつい・まりこ◎山梨県甲府市生まれ。早稲田大学在学中に、当時人気抜群だった『第三舞台』に所属、舞台のおもしろさに目覚める。その後は映画、ドラマ、舞台と活躍。近年の映画は'16年『淵に立つ』(深田晃司監督)、'15年『Love of Love』『みんな!エスパーだよ!』(いずれも園子温監督)など。
<作品情報>
◎映画『アンチポルノ』(新宿武蔵野館ほか全国順次公開中)
小説家兼アーティストとして、時代の寵児(ちょうじ)となった京子(冨手麻妙)は、マネージャー典子(筒井真理子)に言われるがまま、分刻みのスケジュールをこなしている。だが、彼女は常に感じている。自分は本当に京子なのか、京子を演じているのか……。現実と虚構が入りまじり、京子と典子の立場が入れ替わったり、京子の過去が暴かれていったり。
自分は本当の人生を生きているのか、そして自分は自由だと思いながら実は不自由な人生を送っているのではないのか。タイトルどおり、ポルノというにはアナーキーで衝撃的な作品となっている。
取材・文/亀山早苗
1960年、東京都生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、貧困や格差社会など幅広くノンフィクションを執筆。