都会から高校生が島根県へ留学!?
「島根県では明らかに風向きが変わりました。県内の小中高の教育を魅力化して留学生を招き入れよう。定住してもらおうという動きが本格的になってきた。この動きの中心になってくれているのは、移住してきた若者たちです」
そう語るのは島根県教育庁社会教育課の江角学氏だ。
島根県は人口70万人を割り、東京の練馬区より少なくなった。「どこにあるか最も知られていない県」といわれることもある。ところが人口2300人余りの隠岐島の海士町で約10年前に始まった「高校魅力化」の取り組みが成功し、同町の隠岐島前高校には毎年定員いっぱいの25人が全国から『島留学』してくる。
島で3年間生活する高校生たちは「島親」と呼ばれる地元民にお世話になり、たくましく成長する。島根県では’15年から全県でこの取り組みに乗り出し、’16年には県内に約200人の「しまね留学」生を招き入れた。
これまで地域活性化は、産業振興の文脈でしか語られなかった。それでは環境破壊や地域の文化風習の喪失にもつながる。地方を荒んだミニ都市化するだけだ。
ところが教育という切り口ならば、地域の文化を伝えられ、故郷を愛する子どもを育てることができる。
それができるのはよそ者の視点を持ち、地域の魅力を伝えられる移住者たちだ。
移住者が新たな移住者を招き、故郷を愛する子どもをも育てる。まさに理想的な好循環が生まれつつある。
日本はいま急激な下り坂を下っている。総人口は’06年をピークに次の100年で3分の1の4000万人になるといわれる。東京も2020年以降、人口減少に転じる予測だ。
上り坂(人口増、経済成長)の時代には、政策として若者は都会に集められた。地方から東京を目指して集団就職列車が何本も走り、職業安定所は全国ネットワーク化された。上り列車の先に未来があったのだ。
それが反転した下り坂の時代に、人はどこに未来を見ようとするだろうか。
高収入のかわりに過剰労働や時間に追われる都会の生活を自ら捨て、地方で農的な生活を送るダウンシフターズ(=減速する人)という生き方も生まれてきた。
しかし、地方で生きるためには生業が必要だ。その地にはない仕事を創らなければならない。その土地で役に立つこと、地域の課題を解決すること、その先に仕事がある。そして「ありがとう」と感謝されることで生きがいが生まれる。多様な価値観を持った人たちは地方に活路を見いだす。
安心安全な環境で子育てがしたい。通勤に時間を使うよりも、趣味の時間や家族との時間を大切にしたい。そんな“ほどよい生活”を求めて─。下り列車に乗って未来を見つけようとするのが、新しい時代の潮流だ。移住新時代。その詳細を探っていこう。
文/ノンフィクション作家 神山典士