なぜ、どのようにして「戦後最大の犯罪」は起きたのか……。その謎はまだ十分に解き明かされていない。
社会を震撼させた地下鉄サリン事件の発生から20年。節目を迎える今、ここからオウム真理教に迫る。
『地下鉄サリン事件被害対策弁護団』の団長を務める宇都宮健児弁護士。オウム真理教との関わりは、1989年にまでさかのぼる。
「きっかけは坂本堤弁護士一家の失踪事件でした。夫人の都子さんは、’84 年4月から龍彦ちゃんの出産で退職する’88 年1月まで、当事務所に勤めていました。当時、堤くんは司法試験の受験生。都子さんが働いて生活を支えていました。一家は’89 年の11月3日から4日にかけて虐殺されたことがのちに判明するわけですが、忽然といなくなってしまったので、われわれは“オウムに拉致されたのでは?”と疑っていたのです」
弁護士会あげて救出活動が行われるなか、’95 年3月20日に起こったのが地下鉄サリン事件だった。
「オウムに子どもを奪われた親からの相談に加え、サリン被害を受けた人々から“どこに相談していいのかわからない”との声が寄せられるようになりました」
そこで’95 年8月、地下鉄サリン事件被害対策弁護団を結成、団長に就任した。
オウム事件の背景には、信者の社会経験の未熟さ、日本の全体主義的体質があると宇都宮弁護士はみる。そのうえで、20年たってもほとんど変わらない被害者支援のあり方にも、目を向けるべきだと主張する。
「13名が死亡、6300名あまりが負傷したにもかかわらず、救済システムがほとんどなかった。いま、政府はさかんに“テロとの戦い”を言っていますが、そのわりには国が被害者に手を差しのべる姿勢は、現在にいたるまで希薄です」
当時、犯罪被害者に対しての支援は’80 年に制定された『犯罪被害者等給付金支給法』のみ。自動車の死亡事故でも3000万円は保障される時代に300万〜400万円が平均だった。
「われわれは犯罪を取り締まってもらうために税金を払っているわけですが、犯罪が起こってしまったということは、取り締まりが不十分だったことにほかなりません。そのため諸外国では、犯罪被害は政府によって保障されるのが一般的です」
その後、宇都宮弁護士らが中心となってオウム真理教の破産申し立てを行い、オウムが所持していた土地建物を処分。
オウム犯罪の被害者とその遺族に15億円超を分配したが、当時は都道府県もまた、滞っていた固定資産税の支払いを求めているような状態だった。
「破産手続きでは、税金債権が優先されます。被害はもともと取り締まりが不十分で起こってしまったものなのに、これはおかしい」
宇都宮弁護士らの働きかけにより’89 年4月、『オウム真理教に関わる破産申し立て手続きにおける国の債権の特例に関する法律特例法』が成立。
被害者への損害賠償がほかの債権より優先されるようになり、さらには『特定破産法人の破産財団に属すべき財産の回復に関する特別措置法』(破産特別法)でオウム後継団体から毎月、一定額の支払いを受けることが可能となった。
とはいえ、あくまでこれは特例。いまテロが起こっても、被害者への賠償が優先される決まりはない。
「地下鉄サリン事件は日本史上最大のテロ事件です。“テロとの戦い”を言う前に、国は日本社会でテロが生まれたことを真剣に総括しなければならないのに、それができていない。オウム被害者の悲劇は、今後も起こりうることなのです」