1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューから、72歳に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきた松原惇子さんが、これから来る“老後ひとりぼっち時代”の生き方を問う不定期連載です。

※写真はイメージです

第14回
身元保証人問題

 日本は、ひとり身では生きてはいけないのかと思われるあしき習慣が社会にはびこっている。それが、入院・手術や家を借りるときに、身内の保証人を要求されることだ。自分が若くて親が生きているときは気づかなかったこの問題が、高齢になるにつれ、重くのしかかってくるのを感じる。

 実際に、わたしの周りで起こったケースをあげてみよう。

■50代のシングル女性のケース

 彼女は駅の改札口で転び骨折し、救急車で病院に搬送された。そこで、お決まりの「身内の保証人」を要求された。親も子どももいないので、たったひとりの身内である兄が関西にいると話したところ、すぐに来てもらいサインするように言われる。兄の到着を5時間待っての手術だった。

■60代のシングル女性のケース

 50代で手術したときは、親が生きていたので親に保証人になってもらえたが、現在は他界している。今度、また入院手術となったらと思うと不安だ。兄弟はいるが疎遠で頼む気にもなれない。もし、重い病気になったら、治療しないかもしれない。

■64歳の既婚女性のケース

 30代から甲状腺機能低下症で病院通い。昨年、大腸がんの手術をする。そのとき身内の保証人を求められた。彼女が「息子はいるが海外なので」と言うと、友人でもいいことになり、保証人になってもらったが、いくら親しくても頼むのは気がひけた。

 2017年度、厚生労働省の研究班が医療機関約1300施設から回答を得た調査によれば、「身元保証人を求める」との回答が65%にのぼり、ベッド数が20床以上の病院では約90%に。保証人を求める医療機関のうち8・2%は、保証人がいないと「入院を認めない」とした。

本来、身元保証人がいなくても入院できる

 入院・手術の際に、患者に保証人を求めるのには、病院側の理由もある。それは、第一に治療費の踏み倒しが多いからだ。日本人に加え、最近では訪日外国人の未払いも問題になっている。日本の医療は世界的に評価が高いので、最高の治療を受けようと外国からも患者が来る。なかには悪い人がいて、何千万円も踏み倒す人もいるらしい。

 保証人を求める理由としてはほかに、入院患者には死亡のリスクもあり、緊急連絡先や遺体引受先としての必要性もあるようだ。

 このような状況を受けてだろう。『週刊WEB 医業経営マガジン』2018年525号、医療情報ヘッドラインの記事によると、

“厚生労働省医政局は、4月27日に「身元保証人等がいないことのみを理由に医療機関において入院を拒否することについて」と題した通知を発出し、身元保証人の有無にかかわらず入院を受け入れるよう、各都道府県から医療機関に指導することを要請した。”

 ということだ。

 この通知から読み取れることは、ひと言でいうと、医師は入院時に身元保証人の提示を求めてはならない。つまり、わたしたちは、身元保証人がいなくても入院できるということになる。

 わたしはこの記事を読んだとき、小躍りした。もし、今後、医療機関から身元保証人を求められたら、この記事を見せたらいいからだ。

 しかし、多くの医療機関では、当たり前のように入院時に身元保証人を求め、わたしたちも当たり前のように要求に応じているのが現状だ。

 そういう意味から、わたしたちも、医療機関や医師から言われるままではなく、自分で保証人について、もっと勉強する必要があるように思う。

個人主義の国では身元保証人は存在しない

 では、外国ではどうなっているのか。調べてみたところ、フランス、ドイツには身元保証の制度は存在しない。

 また家を借りるとき、アメリカでは基本的に保証人なしで借りることができる。韓国でも保証人は必要なく、チョンセという前払い制度がある。

 なぜ、フランスやドイツは身元保証制度がないのか。それは、個人主義の国だからだ。個人が尊重された自己責任の国だからである。

 一方、日本はみなさんも感じているとおりに、家族単位の国だ。個人という概念がない。家族“十把一絡(じっぱひとから)げ”の国だ。家族の誰かが起こしたこと(未払い・借金・事件など)は、家族の連帯責任になる。でも、これって、おかしくないですか。成人した子どもの責任を親がとる必要はないと思うが。

 “家族は一体”という考え方がいまだにある日本なので、フランスのように個人が堂々と生きていける社会になるのには100年はかかりそうだ。

 保証人問題を、個人主義が根づいている国と、家族主義の国との違いといえば簡単に説明がつく。しかし、大家族、核家族が崩壊し、日本はこれから高齢ひとり暮らしの時代に入るというのに、このへんで変えていかないと、自分の首を絞めることになりかねない。

 永田町のほうからこんな声が聞こえてくる。

「結婚しないお前が悪いのだ! 子どもを産め!!」

 化石頭のおやじ議員がのさばっているこの国の未来は暗い。女性がもっと声をあげないと。女性議員が半分にならないとダメだわね。

 自分を保証するのは誰でもない自分だ。人の保証人になりたい人はいないし、なってはいけない。家族とはいえ他人だ。わたしは、他人の人質になって生きるのはごめんだ。うちのネコだって嫌だと言っている。


<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表理事。著書に『「ひとりの老後」はこわくない』(PHP研究所)、『老後ひとりぼっち』『長生き地獄』(以上、SBクリエイティブ)など多数。最新刊は『母の老い方観察記録』(海竜社)