年間約3万人が孤独死する、日本──。そのリアルな実像を『超孤独死社会 特殊清掃の現場をめぐる』などの著書で知られるノンフィクションライターの菅野久美子氏が追った。
築50年の木造アパートで起きた孤独死
まだジメジメとした暑さが残る2019年9月末──。
特殊清掃業者である上東丙唆祥(じょうとう・ひさよし)さんは、関東某所の現場に向かっていた。なじみの不動産屋の社長からの電話で、管理するアパートの入居者が孤独死したので掃除してほしいという。
築50年は下らない、さびれた風呂なし木造アパートの2階。薄いベニヤの扉を開けると思わずウッと鼻をつくようなニオイがした。部屋には玄関や土間のようなものはなく、すぐに四畳半の和室が広がっている。タンスの前にシングルの布団が敷いてあり、その布団の上には、人型にべっとりと赤茶色の染みがついていた。
この部屋に住む80代の女性は、孤独死して死後2週間もの間、見つからなかった。死因は不明だが、おそらく心筋梗塞、または脳梗塞だった。
腰ほどの高さの古びたタンスの上には、今は珍しいダイヤル式黒電話が置かれているのが印象的だった。部屋の奥に一畳のキッチンがあり、その隣には、申し訳程度の和式トイレがある。
家賃は手渡しで、挨拶もしていたが……
遺体を見つけたのは、この物件の管理会社の社長である。数週間前、社長のもとに女性の部屋の隣人から連絡があった。隣の部屋の住民の生活音がしないので、心配なので見に来てほしいという。社長の頭に「孤独死」という三文字が浮かんだ。
社長がアパートを訪ねてノックしたが、反応がない。慌てて警察に通報すると、やってきた警察官は鍵を壊して物件に突入。布団の上で女性は息絶えていたという。
社長は女性のことを思い出していた。女性がこの物件に入居したのは30年以上前だった。家賃は毎月、現金手渡しで、近所なので道端ですれ違えば挨拶もする仲だった。
生前、この女性は元気がよくお節介な性格だった。お節介がいきすぎて、近所の住民から迷惑がられ、クレームを受けたこともあった。それでも社長は女性が毎年、物件の庭の草むしりをしてくれるので助かっていた。しかし今年は珍しく店舗にやってきて、もう無理だと訴えたという。
「身体が動きづらいから、草むしりは業者さんにお願いしてね」
女性はいつもと違って気弱に社長にそういった。家賃を手渡しに訪れる女性が何だか元気がないようで、数か月前から気にかかっていた。
エアコンの温度が初期設定のまま
上東さんは熱気と腐臭の中、黙々と部屋の片づけをしていく。なぜだか、この古びた部屋とちぐはぐな最新型のエアコンに目が行った。
「設定温度は25度だったから、取りつけた当時の初期設定のままだったはずだよ」
と上東さんは語る。
2018年の夏は、すさまじい暑さだった。女性は生活保護を受給していた。その一環で行政関係者に相談し、エアコンを取りつけたらしい。しかし、電気代は自腹なので、エアコンはほとんど使っていないようだった。女性のように、エアコンがあっても、電気代を気にして使用していなかったという孤独死者は多い。高齢になると暑さ・寒さを感じる能力が低下するという。少しぐらい暑くても我慢しようとする心理が、命に関わることもあるのだ。
孤独死は圧倒的に夏場に多いが、その多くがエアコンのない家か、あっても壊れているか使われていない。異常とも言える猛暑が、体力の弱い高齢者や、体力を温存できる快適な環境設備が整えられない人の命を、孤独死という形で容赦なく奪っていく。私はそれを毎年のように取材で見せつけられている。もし、エアコンを日常的に使っていたら、女性は助かったかもしれないと感じた。
2019年の夏はそれほどの暑さではなかったものの、雨の日が多く、エアコンがない室内だと、ジメジメとしてサウナのような状態だったのだろう。
救急車が来て近所を騒がせたら申し訳ないと思い、多少、体調が悪くても遠慮して救急車を呼ぶことをためらう高齢者も多いのである。女性もそう考えたのかもしれない。だから何かあったときのために、かろうじて電話の近くに布団を敷いたのだろうと、上東さんは考えた。
家主はリスクの高い高齢者には貸したくない
上東氏が、布団を片づけながら、こういった築年数の古い風呂なしアパートの住人について解説してくれた。
「この手のアパートには、おおかた二種類の人が住んでいるんだ。高齢者か外国人だね。この隣人もやはり台湾の人だった。今の高齢者のおひとりさまは、築年数が新しくて日当たりのいい部屋にはなかなか入居できない現実があるんだ。家賃の問題や保証人の問題、家主が高齢者に部屋を貸すには、不安のほうが大きくなるんだよ。家主自身も年をとっていくはずなのに、物件を貸すのはビジネスだから、住人の高齢化にだけは敏感になってしまうんだよね」
物件を貸す側としては、部屋で死なれたら事故物件になってしまうし、改装費用も自腹となるケースもある。リスクの高い高齢者には貸したくないというわけだ。
この女性は子どももいないため、親族といえるのは姪(めい)っ子だけだったが、すでに他界していた。
「女性は人とのコミュニケーションが苦手だったんじゃないかな。人からお節介と避けられていたということは、もしかしたら承認欲求が満たされず、自分の存在に劣等感を持っていた可能性がある。だけど、他者からの愛を感じたかったかもしれない。相手を思いやる優しさが過剰になると、それを受けた相手は疲れてしまうよね」
孤独死する人は、生前から何らかの理由があって親族と疎遠だったケースが多い。この女性の場合も同様で、遺体を引き取る親族は誰も現れなかった。そのため、かろうじて接点のあった心優しい不動産屋の社長が引き取ることとなり、女性は荼毘(だび)に付されたという。
女性の死はまさに、無縁社会を体現した一例である。しかし、毎日のように日本で起こっているひとつのリアルな現実でもある。
「孤独死を身近な問題と感じる」高齢単身者は5割超
孤独死に関しての公の資料は少ないが、内閣府が閣議決定した『令和元年版高齢社会白書(全体版)』によると、高齢者の孤独死の数は年々増加している。
東京都監察医務院が公表しているデータによると、東京23区内におけるひとり暮らしで65歳以上の人の自宅での死亡者数は、平成29(2017)年に3333人だった。平成28(2018)年の3179件と比べると、過去最多を記録している。このデータを見ると、平成15年の1451件から、ほぼ右肩上がりで上昇していることがわかる。そして孤立死(孤独死)を身近な問題だと感じる人の割合は、60歳以上のひとり暮らし世帯では50.8%と5割を超えている。
また、孤独死の後始末を行う「事件現場特殊清掃士」などの特殊清掃業者の数も増加していることから、孤独死も年々増え続けていると予測される。
長年、孤独死の取材を行っているが、ご遺族の方にご本人の人生を聞かせていただくと、対人関係や仕事でつまずいた経験があるなど、何らかの「生きづらさ」を抱えていた人も多い。私自身、元ひきこもり当事者であり、今も「生きづらさ」を抱えている。亡くなった方とは趣味や性格や生い立ちなど、私と共通点が多く、共感することが多々ある。ご遺族も、そんな生前の故人の「生きづらさ」や「社会の抱える矛盾」を知ってほしいと取材に応じてくださることもある。
現在、社会問題になっている8050問題(※80代の親が自立できない事情を抱える50代の子どもの生活を支え、親子が社会から孤立する問題)に代表されるような中高年のひきこもりが孤独死という結末を迎える日も遠くないし、実際にもう現場では起こっているという実感がある。かつてのひきこもりの自分も同じ結末を迎えていたかもしれないと思うと、切ない気持ちになる。
間違えてはいけないのは、家でひとりで死ぬことが問題なわけではないということだ。病室でも風呂場でも旅先でも、ひとりで死ぬ可能性はいくらでもある。 「ひとりで死んだ末に長期間、誰にも発見されない」という事実の背後に浮かび上がる、一度崩れ落ちたら立ち上がれず、孤立や貧困を強いるような社会の歪(いびつ)さこそが問題だ。
私もそうだが、誰もがみな、社会から脱落せずに生きていけるわけではないからだ。 国を挙げて、そして私たちの社会のひとりひとりの問題として、孤立、そして孤独死について向き合うときが来ているのではないだろうか。
<プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)などがある。最新刊は『超孤独死社会 特殊清掃現場をたどる』(毎日新聞出版)。また、さまざまなウェブ媒体で、孤独死や男女の性にまつわる多数の記事を執筆している。