「認知症の予兆、初期症状は本人も気づかないことが多い」と指摘するのは脳内科医で『加藤プラチナクリニック』の加藤俊徳院長。
「MRIなどで検査をして画像に異変が出てきた段階は症状が肉眼的にも検出できる進行した中期のステージです。初期は画像検査で発見しにくいため見逃されています。周囲や家族がおかしいと気づく多くは中期の入り口と考えていいでしょう」
認知症は主に4つに分類され、最も患者が多いのが『アルツハイマー型』。記憶や出来事を司る海馬という脳の器官周辺から病変するため、忘れやすくなるのが特徴。
妄想や幻視といった精神症状の『レビー小体型』の初期はうつ病などと似た症状のため発症がわかりにくい。
漫画家でタレントの蛭子能収さん(72)は、この2つの症状が合併した軽度の認知症であることを公表している。
ほかにも、『脳血管性』は動脈硬化が進み、脳梗塞や脳出血が原因で発症する。『前頭側頭型』は急に言葉が出てこなくなるなどの症状があるが、もともと無口な人の場合、気づかれにくいことが。
では、初期症状の段階で気づくことはできないのだろうか。加藤院長は「長年の分析の結果、6つの予兆が見えてきました」と説明する。
6つの予兆。心当たりはありませんか?
●同じ話を繰り返す
話した直後にその話題を忘れたり、忘れていることに気がつかない。会話中に何度も同じ話を繰り返したり、余計な言動が増える。ただし、家族でも日ごろから深い話をしない限り、いつからこんなに食い違うのか、かみ合わないのか気づきにくい。
●時間が気にならなくなる
時間の感覚が徐々に消えてきて待ち合わせに遅れるようになったり、約束そのものを忘れたり。徐々にその頻度が多くなる。
●少し前の記憶がなくなる
誰しも忘れることはあるのだが、買い物先で、何を買いに来たのか、時間とともに忘れたりすることがある。
●日常的にやっていたことをやめてしまう
例えば仏壇の管理を急にやらなくなる、毎週欠かさずに見ていた大好きな時代劇を見なくなるなどがあげられる。「これまで楽しんでしていたことが徐々にできなくなっていくんです」
●新しいことができない
そのため、同じことを繰り返しがちにもなる。
「発症すると目の前にある、今の状態で理解できるものにしか注目できなくなります。
時代劇ばかり見るのは新しいドラマの内容を理解できないため。カラオケで懐メロばかり歌うのは新しい曲が覚えられないからなんです」
ただし、昔の番組でも“昼間の再放送を録画して見よう”と計画して行動すれば、それは新しいことの挑戦になり、予防にもなるという。
●気持ちが抑えられなくなる
急に怒ったり、理解力が低下するため、わからないことでパニックになって腹が立ったり、感情が抑えられなくなったりする。
1日6時間以下の睡眠が発症の鍵に
加藤院長は、認知症の進行には生活習慣が大きく影響していると指摘する。
まずは『複雑な動作』。
「買い物の支払いで電子マネーやクレジットカードを使うことが増えて、おつりの計算をしない、小銭を出さないと認知症の進行に影響します」
健常人でも普段から頭の中で計算をしないと脳の一部がマンネリ化する。数字に限らず、外国語や漢字でも使わないと忘れていくという。
次に『睡眠不足』。
「睡眠不足は特にアルツハイマー型認知症の発症、進行のハイリスクであることが研究で明かされています」
加藤院長は、アメリカの研究者スピラ博士らが行った検査について説明。睡眠時間が「6時間以下」「7時間以上」「その間」でそれぞれアンケートをとり、被験者の脳の状態を調べたものだ。
「結果は睡眠時間が6時間以下の人は脳内にアミロイドβ(アルツハイマー型認知症患者の脳内に増加しているペプチドという物質)の沈着が、7時間以上睡眠をしている人に比べて圧倒的に高かった」
睡眠はアミロイドβなどの老廃物を頭の髄液から排出させるためにも重要だという。加えて記憶を定着する仕組みであることも研究によって判明してきた。
「寝だめもダメです。継続して眠り、ノンレム睡眠(深い眠り)状態になることが大切。正しい睡眠は日中の認知活動を上げます。24時間で睡眠と活動のリズムをシーソーのように交互にとるのが認知症予防には非常に重要です」
50代で生活習慣を徹底的に改善する
運動も関係あるという。
「運動機能を司る脳の部分には老廃物がたまりやすいといわれています。午前中にしっかりと活動し、身体を動かし運動不足を解消させ、頭を目覚めさせることが大事ですね。昼の活動の質が高ければ高いほど、夜の睡眠が深くなることがわかっています」
肩や腰が痛かったり、肥満で身体の動きが制限されれば運動不足になりかねない。動かなくなると認知症が進行する悪循環に陥る危険も。
さらにハイリスクなのが高血圧、動脈硬化、糖尿病といった生活習慣病、難聴などの持病がある人。また、うつ病や免疫力の下がるがんは認知症の発症につながるだけでなく、認知症がそれらの病気を悪化させる可能性も。
年齢もひとつの基準になる。
「78歳を過ぎると急にアルツハイマー型認知症が増えることが世界中で指摘されています。75歳以降は夫婦で注意し合い、疑って過ごすことがとても重要だと思います」
もっと言えば、50代以降の中高年の運動不足、睡眠不足を改善すべきだと加藤医師は指摘する。
「予防はまず若いときから。昼間の活動の質を上げて、夜7時間以上眠る生活習慣に徹底的に戻すことが重要です。寝ることでストレスも減り、記憶力も戻ります。私も7時間以上眠るようにしています。59歳ですが10時間以上働いても、40代や50代前半より圧倒的に疲労感は少ない」
新しいことに挑戦! 工夫して認知症予防
新型コロナ禍で症状が進行している可能性がある。
「外出自粛で予定がないこと、先が見えない不安も進行に拍車をかけています」
おまけに数か月、自宅にこもることで記憶力が抑制されている傾向にある。最近の話題を思い出せないのは脳が学習できていない状況だ。
「ちょっとした工夫で予防できると思います。例えば施設に入所していれば家族が会いに来る日、一時帰宅の日など先のプランを立ててあげることもとても大切です」
自宅暮らしの高齢者なら、
「出かける理由、1日過ごすための理由といった、生活に何らかの理由を持たせることも予防になる」
例えば、健康番組を見てそれに習って運動したり、身体にいいと紹介された食材を買いに行くなど、新しいことにチャレンジすることが大切。
そして家族の存在は欠かせない。役割を持たせ、孫や子どもが高齢者自身の存在価値や意義を高めることも予防には重要だという。
若いころにできなかったことに挑戦するのもひとつ。
「女優になりたかったなら演劇、落語家なら落語を習うなど、今までできなかったことに挑戦するのも記憶力のアップにはすごくいい」
高齢者でも新しいことをしている人は脳の認知機能が非常によい状態だという。
「脳はいくつになっても成長します。1日を楽しんで今日も明日も成長できるように生活していただきたい」
教えてくれたのは……
脳内科医 加藤俊徳院長(加藤プラチナクリニック)
「脳の学校」代表。昭和大学客員教授。脳番地トレーニングの提唱者。加藤式MRI脳画像診断法を用いて、認知症、発達障害を診断治療。著書に『脳が若返る! 記憶力育成ドリル』(宝島社)ほか多数