池袋暴走事故から2年、高齢者による交通事故が社会問題となって久しい。それに伴い、事故防止策にも関心が集まっている。
4月半ばの平日午後。全国初の高齢者講習の専門校として昨年6月に開校した「はりま高齢者講習専門校」(兵庫県高砂市)には、講義に熱心に聞き入るシニアたちの姿があった。
運転免許は1度取ればいい“免許皆伝”ではない
「スーパーも病院も自転車で行けるところにありますが、それでも雨が降れば、車がないとね」
そう話すのは北山志郎さん(74)だ。同年代の妻と2人暮らし。免許更新に伴い「高齢者講習」を受けるため、この専門校へやってきた。
「免許返納も考えたことはあります。特に夜は見えにくくて、運転が怖いんですわ」
それでも北山さんが免許を手放せないのは、生活の足としてマイカーが欠かせない事情があるからだ。
警察庁の統計(令和2年)によれば、全国の免許保有者のうち、70歳以上は1195万人。うち75歳以上が513万人を占め、2年前に比べ約35万人も増えている。
高齢化の加速に伴い1997年、国は満70歳~74歳のドライバーに対し、免許更新時に座学、運転適性検査、運転講習などで構成される高齢者講習の受講を義務づけた。さらに2007年、75歳以上に認知機能検査も追加。いまでは全国の教習所に多くの高齢者が押しかけ、講習の予約は3か月待ちもザラにある。
記者が取材に訪れたこの日、はりま高齢者講習専門校では約40人が受講していた。講習ではまず、「認知機能検査」が行われる。その結果をもとに受講者は2組に分かれ、交通ルールなど安全に関する講義を受ける流れだ。
「検査への不安を感じつつ、今日を迎えました」
と、市内在住の西村賢一さん(80)。認知機能検査では検査日の年月日を回答したり、時計の文字盤に指定された時刻の針を書き入れたりするテストを実施。これにより記憶力や判断力が測定される。
「難しいところがあったねえ。勉強してきたんだけど、したところは全然出なくて。乗れなくなれば、免許を返納しようかと思っています。でも20歳の時分から車に乗る生活だったから、実は切符の買い方がわからない」
そう苦笑する西村さんの検査結果は76点以上で、記憶力・判断力に心配のない「3分類」と判定された。このほか、75~49点は記憶力・判断力が少し低くなっている「2分類」、48点以下は低下が認められる「1分類」の3つに振り分けられる。
このうち「3分類」は講義に運転適性検査、10分程度の実車指導を受講。加えて「2分類」は個別指導も受けることに。そして「1分類」は免許更新にあたり、医師の診断が必要となる。
所長の城谷輝美さんが言う。
「運転免許は1度取ればいい“免許皆伝”ではありません。交通環境や年齢に応じた再教育が欠かせない。この再教育の理念が高齢者講習専門校を設立した目的のひとつです。
高齢者の方は運転に癖がつきやすいんです。それに加齢による身体機能や認知機能の衰えも加わり、今まで可能だったことが難しくなってしまう。高齢者講習を通して、運転の癖と自身の衰えを自覚し事故防止に努めてください」
ドラレコで発覚! マイナスの成功体験
高齢になるほど身体のさまざまな機能は衰えていく。ただ、加齢が即座に事故へ結びつくと考えるのは早計だ。
ドライブレコーダーを使って、高齢者の運転能力の診断を行う「高齢者安全運転診断センター」の事務局長・橘則光さんが指摘する。
「警察庁の統計を見ると、社会の高齢化に伴いここ10年、高齢ドライバーが起こす事故の件数ではなく、事故の割合が増えました。その影響もあってマスコミが取り上げる機会が多くなり、センセーショナルに扱われやすくなったのではないかと思います」
高齢ドライバーの事故原因というと、“アクセルとブレーキの踏み間違い”が頭に浮かぶ人は多いだろう。だが実際は、「高齢者だけに顕著なわけではなく、若い世代も決して少なくない」と橘さん。
公益社団法人「交通事故総合分析センター」のデータ('10年~'15年)によると、踏み間違い事故は70歳以上の9246件に対し、29歳以下は1万243件。意外なことに若い世代のほうが多い。
「ただし、若い世代は踏み間違えたあと、ブレーキを踏み直すまでの時間が早い。リカバリー力が違うんです。高齢者の場合、あわててしまって再度アクセルを踏んでしまい、大事故になってしまうこともあります」(橘さん)
加齢とともに低下するのはリカバリー力だけではない。首の可動域が狭まることで視野も狭くなり、運転中に左右に死角が増える。足首が硬くなるとアクセルの微調整が難しい。これらの機能低下は駐車場などの狭い場所で、歩行者との接触事故が起こる原因にもなるという。
身体機能の低下は徐々に起きるため、高齢ドライバーの多くは自覚できていない。
「自身の運転を客観的に知ることが重要。それも、いつも通る道での、普段の運転を知ることが大切です」(橘さん)
こうした考えのもと生まれたのが、運転中のシニアをドライブレコーダーで録画して「ありのままの姿」を映し出し、運転能力を客観的にチェックする「高齢者安全運転診断サービス」。研究分析担当の小林竜也さんが説明する。
「こちらでお貸し出しする、前方と運転者が映るドライブレコーダーをつけていただき車の挙動とドライバーの様子を録画します。分析に使うのは、普段の運転の癖が出やすい最後の90分の映像。車の速度なども考慮しながら、危険につながる操作をしていないかどうか総合的に診断します」
診断する中で多いのが、通い慣れた場所での一時停止の無視、左折時の確認不足。いつもの道の普段の走りだからこそ、こうした課題が浮き彫りになると小林さんは言う。
「私たちは“マイナスの成功体験”と呼んでいるのですが、これまで事故を起こさなかったのは偶然、その場に人や車がいなかっただけかもしれない。映像という動かぬ証拠を目にすれば、危うさを自覚していただけると思います」
こうして得られた客観的な分析を生かして、できるだけ長く安全に運転し続けるにはどうすればいいのだろうか?
「高齢ドライバーと家族との間で簡単なルールを作るといいでしょうね。例えば、昼間のみで夜は運転しない。遠出はしないで大通りや車が少ない道を通る。また、あらかじめ運転しやすいルートやエリアを調べて、そこだけを運転するよう決めておくのもおすすめです」(小林さん)
テクノロジーの力で安全運転をサポート
身体機能の衰えを止めることはできないが、日々進化するテクノロジーの力を借りて、安全に運転できるようカバーする方法がある。自動車の最新動向に詳しい、フリーライターの平塚直樹さんが教えてくれた。
「いわゆる“自動ブレーキ”や“誤発進抑制装置”など、安全運転を支援する先進機能を搭載した車が近年続々と登場しています。こうした先進運転支援システムが付いた車を利用することも有効です」
平塚さんによれば、最近の車に搭載されている主な安全装備は、以下のとおり。
(1)衝突被害軽減ブレーキ…衝突の可能性があるときに警告を出し、危険性が高まると自動的にブレーキが作動する。
(2)誤発進抑制装置…停車や低速走行時、アクセルとブレーキの踏み間違えなどで急発進することを抑えてくれる。
(3)自動駐車…車が自動でハンドルやアクセル、ブレーキ操作を行い駐車の支援をする。
(4)車間距離制御装置…高速道路走行時に、先行車との適切な車間距離を保ちつつ追従走行してくれる。通称ACC。
(5)車線逸脱警報…走行中に車両が車線からはみ出さないように警告してくれる。
「衝突被害軽減ブレーキは今年の11月から新型車に義務化されます。誤発進抑制装置も含め、最近は軽自動車にも装備されていますし、各メーカーで古い車種に後付けできる装置の提供も始めています。先述のさまざまな安全装備をセット化する車も増えていますね。
ほかにも、体調不良や事故時にボタンを押せばコールセンターと連絡がとれる“SOSコール”、高速道路の運転中、安全な範囲内で自動でハンドル操作をする“ハンズフリー機能”などもあります」
高齢ドライバーにオススメの安全装備が付いた車は?
「普通車ではトヨタのヤリス、軽自動車ではホンダのN-BOXがよく売れていて、どちらも安全機能が充実しています。こうした装備は、新しい車になればなるほど高機能になる傾向があります」
65歳以上は購入時に「サポカー補助金」が受けられるので、各メーカーのホームページ等で条件を確認してみよう。
そんな頼れる先進の安全装備でも「万全ではない」と、平塚さんは釘を刺す。
「あくまで運転をサポートする機能であって、すべての操作を機械が代行する“完全自動運転車”ではないからです。安全装備が付いた車に乗っているからといって、運転の注意を怠るのは問題です」
先進技術に加えて、「ベーシックな機能の充実にも目を向けるべき」と強調する。
「ハンドルには“テレスコピック”と“チルト”という2つの機能があります。テレスコピックはハンドル位置を前後に、チルトは上下に調節するものですが、メーカーによっては1つだけしか搭載されていないことも。ですが、両方の機能を備えていることが正しいドライビングポジションを取るうえで大切。ハンドル操作や、とっさのブレーキ操作で影響が大きいのです」
高齢ドライバーの事故防止に向けて来年6月から、違反歴のある75歳以上は免許更新時に、実車による技能検査が義務化される。また、安全装備の装着車のみ運転できる限定免許の創設も検討中だ。
「技能検査が事故防止につながるかというと、内容次第。運転操作だけを見るのか視力や認知能力まで含めて判断するのかで大きく違う。検査だけでなく、シミュレータでもいいので“強くブレーキをかけたらどうなるか?”という体験会もあるといい。自分で経験していないと、とっさのときに対応できませんから」
《取材・文/千羽ひとみ》