'86年の作家デビューから70代に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けている松原惇子さん。ひとり身女性を応援するNPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク代表でもある松原さんが、これから来る“老後ひとりぼっち時代”の生き方を問う不定期連載です。

※写真はイメージです

第20回
ひとりで老いるのは大変だ

 NPO法人SSSネットワークも今年で25年目を迎え、80歳以上の会員が全体の17%を占めるようになった。団体を立ち上げたとき50歳だったわたしも74歳になった。あまり実感がないが、社会的には高齢者枠に入ったことになる。

「ひとりは気楽でいい」と豪語してきたわたしだが、年々、トーンダウン気味だ。なぜなら、同じひとりでも、若いときのひとりと、老いてからのひとりは、別物だからだ。90歳に近づいた会員を見ていると、ひとりで老いるのは、そう生易しいものではないと、気づかされる。

相続人がいなければ遺産は国庫に持っていかれる

 89歳になる花子さん(仮名)は、地方公務員として定年まで働き、その後、夢だった喫茶店を経営する陽気でおしゃれな女性だ。現在はコロナを機に店をたたみ、悠々自適な老後生活を送っている。イベントで彼女の姿を見かけるたびに、「まあ、なんてチャーミングな方なの。80代でもこんなに素敵にいれるのね」とわたしは密かに勇気づけられていた。

 しかし、明るいのはいいが、子どもも兄弟姉妹もいないひとり身なのに、遺言書を書いていないと知り、驚かされた。

 彼女のようにまったくのひとりで相続人がいない場合、遺言書がないと、ひとりで頑張って働いて貯めた預貯金や不動産などの全財産を国庫に持っていかれるからだ。ちなみに産経新聞の報道によれば、国が引き取った遺産の額は2019年度は603億円にのぼり、わずか4年間で約1・4倍に急増しているのだという。

 このことを話すと「それだけは絶対に嫌だ! ガースーなんかにあげたくない!」と本気で声を荒げたので、「でしょ。だったら、遺言書だけは書いてくださいね」と念を押した。

 後日、遺言書の書き方の見本まで付けて渡したが、本当にわかっているのかどうか。わたしの前では「はい。わかりました。」としっかりと答えるが、家に帰ったら忘れるのではないかと思われた。90歳近くになると、本人にその自覚はなくても、軽くネジが緩んでくるのを見ているからだ。そして、その緩みは1年ごとに増す。

 しかし、財産に関することをアドバイスするのは難しい。あまり詳しく聞いたり、熱心に話すと、遺産が欲しいように思われる。頼まれたわけではないので、放っておこうか思っている。しかし彼女は、もうすでに10年も会っていない知り合いから生活費に困っていると呼び出され、だいぶあげたようだ。相手は交通費もなかったのか、花子さんはお金を持っていそいそと出かけたという。思うに、老いると人からの誘いもなくなり、寂しくなるので、そんなに親しくない人からでも誘われると、うれしくなるのではないかと。

 さらに、わたしが聞いてもいないのに、「年金が使い切れないの」とうれしそう。そんなことを人に言うなんて、自分からお金を差し出しているようなものだ。昨今は、物騒なご時世だ。ひとり暮らしのお年寄りの寂しさにつけ込んでくる若者もいると聞く。うちの90代の母もアポ電詐欺に引っ掛かったことがあるが、もしかして、ひとり暮らしで寂しかったからなのかなと、今になると思う。

 花子さんの話を聞いていると、すでに巧みに彼女に近づいている近所の人もいるようだった。危ないと思うが、根拠がないのでそこまで踏み込んでいいものか否か。

養女をもらい財産を相続させる人も

 おひとりさまが多いSSSネットワーク会員の中には、85歳ぐらいになると、養女をもらい自分の財産を相続させる人が出てくる。養女になる人は財産を全て相続できる。一方、ひとり身の高齢者は自分の面倒を見てもらえる。そこでお互いに握手というわけだが、実際はそう簡単ではなさそうだ。

 実際に養子縁組をした93歳の方に「これで安心ですね」とわたしが言うと「いろいろありますよ。でも、お世話になるのだから我慢しないとね」と小さく笑った。養女になる人を悪く言う気はないが、お金の臭いがプンプンするのはわたしの気のせいか。ひとりで気楽に生きてきた最後の最後で、欲深い他人の標的になるとは、誰が予測できただろうか。

 ひとり暮らしのある高齢女性が病気で入院していたとき、どこで聞きつけたのか知らないが、大昔の同級生がひょっこりお見舞いに来て、1000万円あげた話も聞いた。いくら気丈な人でも、人との接触もなくひとりで暮らしていると、言い知れぬ寂しさに襲われるのかもしれない。ましてや、老いて身体が弱ってくればなおさらだ。 

 いくら余るほどの年金をもらっていても、使えないほどの預貯金があっても、心の寂しさを埋めることはできない。

 花子さんには言わなかったが、あなたの預貯金をコロナ禍で生活に困っているシングルマザーに寄付してあげたらと心の中で思った。このままだと、ガースーのところに行ってしまう。ああ……まったく、バランスの悪い世の中だ。

 90歳前後の方たちを見させていただくうちに、今は“ひとり孤独を愛す”などとかっこつけているわたしだが、果たして、その年になったときにも同じ心境なのか。まったくもって自信がない。

 花子さんの遺言書のことは、これ以上かかわらずに、民生委員につなぐつもりだ。結果的に彼女の財産がガースーに行くことになっても、他人のわたしがやきもきすることではないし、それはそれで彼女の人生なのだから、尊重しようと思う。

 世の中にはいろいろな人がいる。「立つ鳥跡を濁さず」ではないが、遺品整理人に死後の片づけを依頼して律儀にあの世に旅立つ人もいるかと思えば、何もせずに、ただ飲んで食べて、お金も残さずにあの世に旅立つ人もいる。どっちにしても、終点は「死」なので、自分の好きなように生きるのが一番。


<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSSネットワーク代表理事。著書に『老後ひとりぼっち』『長生き地獄』『孤独こそ最高の老後』(以上、SBクリエイティブ)、『母の老い方観察記録』(海竜社)など。最新刊は『わたしのおひとりさま人生』(海竜社)。