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「入浴介助のたびに胸やお尻を触られて、その日は自宅でお風呂に入るとそのことを思い出してしまって……。夜は眠れませんでした」

 そう打ち明けるのは、元介護ヘルパーの高橋清美さん(仮名、20代)だ。

いまのままだと「介護難民」が急増!

 低賃金、重労働でただでさえ嫌厭(けんえん)されがちな介護の仕事をさらに過酷にしているのが、ヘルパーに対してセクハラやパワハラなど、やりたい放題に振る舞う「モンスター高齢者」の存在だ。介護する側による高齢者への虐待はニュースでも大きく取り上げられるが、ヘルパーなどに対する高齢者のハラスメント行為は、社会的弱者である高齢者を批判することへのためらいもあり、ほとんどが現場で黙認され、表面化することは少ない。

 自身も介護施設の職員として働いた経験がある淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博さんは、「若い人が介護に興味をもって職に就いても、一部のマナーの悪い高齢者の対応に疲れ果てて仕事を辞めるケースが後を絶ちません。高齢だからわがままや横柄さが許されると思うのは大間違い。ひと昔前までは、ある程度許容される雰囲気もありましたが、いまは違います。高齢者の側が意識を変えないと、近い将来、介護する人がいなくなり、介護を受けたくても介護してもらえない“介護難民”が続出するのは目に見えています」

 と警鐘を鳴らす。

 では、介護現場ではどのようなハラスメントが横行しているのか。その実態を20代の元ヘルパーの女性に証言してもらった。

自分でできるのに陰部を洗わされる

 冒頭で紹介した元ヘルパーの高橋さんは、小さいころから祖母と一緒に暮らしていたこともあり、高齢者の助けになりたいとの思いから介護系の大学に進学。就職活動では「生活に寄り添った柔軟な介護がしたい」と、ルーティンワークが多くなりがちな大規模施設ではなく、在宅介護を行う事業所を選んだ。

 そんな高橋さんがセクハラ被害にあったのは就職2年目、21歳のときだという。当時61歳の介護を必要とする男性は、脳梗塞で身体の片側がまひしていたため、週1~2回、自宅で入浴や身の回りの世話をしてほしいということだった。ところが、担当になって間もなく、高橋さんは男性の執拗なセクハラに悩まされることになる。

「男性の家に行くようになってから1か月もしないうちに、言葉によるセクハラが始まりました。セクハラを受けるのは、決まって入浴介助のとき。『下の名前で呼んでいい?』と言われたのが始まりで、そこから『彼氏はいるの?』『彼氏とどれくらいセックスするの?』『昨日、〇〇ちゃん(ヘルパーの下の名前)とHする夢を見たよ』とあからさまに性的な会話をしてくるようになったんです」(高橋さん、以下同)

 入浴介助はタオルで身体を洗う決まりだったという。ところが……。

「陰部を洗うときに、『手で洗ってよ』としつこく言われました。『そこまではできないんで』と断っても『いいじゃん、いいじゃん』と強引で拒否するのが大変でした。というか、片まひだから、洗おうと思えば自分で洗えるはずなんですけどね……」

自分が行かないと同僚が行かされる

 男性は、部屋ではおとなしく介護を受けるが、浴室に行くと毎回、態度が豹変した。浴室は、同居している妻に会話が一切聞こえないからだ。

 男性のセクハラは言葉だけにとどまらなかった。

「そのうち胸やお尻など身体のあちこちを触るようになって……。正直、触られちゃダメな部分は全部触られました。私の手を無理やり自分の陰部に持っていったり、強引にキスしようとしたりしたこともありました。でも、へたに抵抗してケガでもされたら、私の責任問題になってしまいますし、浴室という2人だけの空間なので周りに訴えても、本人に否定されたらと思うと、どうしたらいいかわかりませんでした」

 男性は、入浴介助のたびにやりたい放題だったが、高橋さんは新人だったこともあり、なかなか上司に言いだせなかった。

「自分が行くのを拒否すれば、同僚の同年代の女性が担当になる可能性があったので、なんだかそれも申し訳ない気がして……。結局、半年以上、その男性の家に通いました」

 男性を担当した日は、自宅でお風呂に入ると思い出して気分が沈み、夜は決まって眠れなかったという。高橋さんは、ヘルパーという仕事に疑問を感じるようになり、事業所を退職。いまは介護現場から離れ、別の仕事に就いている。

 セクハラ被害から数年たつが、まだ当時の恐怖心は消えず、インタビュー中も時折言葉を詰まらせた高橋さん。

「人の家に行くのが怖くなってしまったので、もう在宅介護の仕事はできないです」

718人の介護従事者を対象に、どのようなセクハラを受けたかを調査。サービス上、必要ないのに身体的接触をはかってくるセクハラがいちばん多かったが、性的関係を要求するといったきわめて悪質なものもある。(日本介護クラフトユニオン調べ・複数回答)

嫁いびりのようなパワハラで離職

 セクハラだけでなく、高齢者によるパラハラにあうヘルパーも多い。結城さんによれば、「水持ってこい!」「オムツ交換ヘタクソ!」など、高齢者がひどい暴言を吐く事例がある。身体が思うように動かず、気持ちに余裕がなくなることはある程度理解できても、暴言は許されるものではない。

 また、言葉のパワハラで目立つのが、言っている本人はまったく自覚がないのに、ヘルパーが精神的に追い詰められて、心が折れてしまうケースだ。

 結城さんのもとに寄せられた相談事例を紹介しよう。

 当時85歳のひとり暮らしの女性は要介護の認定を受けていたが、認知症などはなく、しっかりしていた。

 週2回、ヘルパーに買い物や掃除、洗濯などを依頼していたが、女性は「大根の選び方がなっていない。野菜の選び方も知らないの?」「肉はもっと赤みのあるものを選んで」「あなたも主婦なんだから、スーパーの品選びくらいできるでしょう」と、頻繁に文句を言ってきたという。

 ヘルパーは30代前半の独身女性だったが、「たびたびの小言に耐えられない」と悩むようになり、ヘルパーを辞めてしまった。

「このケースでは、世代間ギャップが原因のひとつだと思います。おそらく85歳の女性は若いころにお姑さんなどに同じような小言を言われてきた経験があるのでしょう。でも、いまの40歳以下は核家族が浸透している世代で、そういう経験はあまりない。高齢者がそれほど気にせず言った言葉でも、若いヘルパーにとっては精神的なダメージが大きい場合があるのです」(結城さん、以下同)

 また、言葉ではなく、直接的な暴力被害にあうことも。認知症の高齢者の介護では、殴られる、噛まれるなども珍しくない。

「もちろん、プロの介護職として、認知症高齢者への対応は想定していますが、それでも被害にあえば、恐怖や怒りの感情が湧きます。どこからがハラスメントなのか、定義が難しい面はありますが、認知症など特別な理由がなくても『やってもらって当たり前』という気持ちから威圧的な態度になる利用者は多い。やさしい利用者もたくさんいますが、理不尽な人が一部でもいれば、ヘルパーのモチベーションは下がって離職してしまいます」

時代錯誤な上司が若手職員を追い詰める

 介護従事者を苦しめているのは実はモンスター高齢者だけではない。 

「上司や先輩による言葉で、悩みが深まるケースもあります。『私も昔は触られたわ。若い人しか触られないんだから、触られるうちが花よ』とか、『うまくかわせるのがプロの介護職だから、自分なりにかわす技を考えてみて』などと、相談を受けても時代錯誤な受け答えをする管理職が珍しくないのです」

 実際、セクハラ被害にあった高橋さんも、一度、上司に相談したが、「慣れるしかないわね」と言われたという。

「慣れるってどういうこと……?」と納得できず、高橋さんは介護の仕事にますます疑問を持つようになった。

 いま中間管理職になっている50~60代の介護職の人は、「エロじじいや、わがままばあさんにうまく対応してこそプロ」という感覚で働いてきた世代だ。パワハラやセクハラに関する研修をきちんと受けた経験もなく、部下が受けた被害に対して鈍感で、彼らの不適切な受け答えが若いヘルパーの離職の決定打になることもある。

「被害を受けたヘルパーが勇気を出して上司に相談したとき、つらさをわかってもらうどころか、逆にプロとして未熟であるかのような言葉をかけられたら、『自分はヘルパーには向いていない』『転職したほうがいい』と感じてしまっても無理はありません」

介護をする人がいなくなる!

 高齢者がヘルパーに行う不適切な介護ハラスメント。ある調査によると、介護職の74・2%が経験している。

 一方、厚生労働省の統計によると、在宅介護のヘルパーは、60歳以上が全体の約4割を占めている。年齢的に、10年以内にはこの大半がヘルパーを引退すると予想されるが、後継者となる人材が、今後、介護業界に入ってくる見込みは薄い。

「団塊の世代が70代になって労働市場から引退したこともあり、ほかの業界も人手不足です。求人が多いなかで、低賃金なうえに、利用者のマナーに悩まされるような介護職に人は集まりません。子育てを終えた主婦もコンビニやスーパーにとられていますから、このままいけば、後継者ゼロのような状態に陥る可能性が高いです」

老人福祉・介護事業所の倒産や休廃業、解散などの件数は2012年からほぼ右肩上がりに増えている。2020年の倒産件数は、介護保険法施行の2000年以降で最多。(東京商工リサーチ調べ)

 在宅介護の有効求人倍率は、実に15倍超(昨年9月時点)。求人を出しても人が集まらず、倒産する事業所も年々増えている。事業所がなくなれば、当然、介護サービスは受けられない。

「高齢の親に何かあっても要介護認定さえ受ければ、ヘルパーさんに掃除とか病院の付き添いなどをやってもらえると思っている人もいるでしょう。でも、いまのままだと介護認定を受けても、よほどコネがある人じゃないとヘルパーに来てもらえないかもしれません」

 制度が維持できないほどの人材難のなか、せっかく介護業界に入ってきた若手ヘルパーの離職は致命的だ。

 人手不足になればなるほどヘルパーの質は低下し、高齢者虐待といった問題も起きやすくなる。モンスター化しないよう心がけることは、自分が安全で質の高いサービスを受け続けるためでもある。

モンスター化しないためのポイントとは

 では、自分の親や自分が介護を受ける際にモンスター化しないためにはどうすればいいのだろうか。

まずは介護サービスの利用者とヘルパーは対等な関係だという点を忘れないことが大事です。介護は、行政が行う社会福祉ではなく、あくまで契約で成り立つ民間サービスだということを心得ておいたほうがいいでしょう」

 高齢者に事業者を選ぶ権利があるのと同時に、高齢者が選ばれる側でもあるのだ。特に在宅介護は自宅で介護を受けるため、利用者の気がゆるみやすく、介護ハラスメントが起きやすい。たとえ自分の家でも、緊張感を持ち一定の距離感を保ってヘルパーと向き合うよう意識したい。

 また、ヘルパーを自宅に迎え入れる前に、家族が高齢者本人に「いまは時代が違うから、変な話をするとサービスを受けられなくなるよ」「偉そうにしちゃだめだよ」と声をかけておくこともハラスメント防止に有効だ。

「もちろんヘルパー側が悪いこともあります。掃除をなまけるとか、そういう場合はしっかり苦情を言っていいのですが、弱者を助ける援助者、という意識で横柄な態度にならず、社会的マナーを守ってサービスを利用することが“介護難民”にならずに介護サービスを受け続けるために重要なのです」

あなたの親は大丈夫?
モンスター高齢者にならないための3か条


(1)ヘルパーと自分は金銭の契約で結ばれている「対等な関係」であることを忘れない!

(2)自分にそのつもりがなくても、相手の受け取り方によってはハラスメントになりうることを意識する!

(3)自分の家だからといって気を緩めず、家族以外と接しているという緊張感を常に持つ!

高齢者の家族がモンスター化することも!

 介護サービスを利用する高齢者の家族からハラスメントを受けたケースを紹介する。

 ヘルパーのAさんは、認知症と診断を受けた高齢者の在宅介護を担当することになり、その利用者と同居している子どもB氏と接することに。ところがそのB氏が問題で、利用者が薬を飲み忘れても声をかけず、認知症である親のトイレの見守りもしない。

 そのせいで利用者は、血圧が上がって動けないことが多く、服も汚れていてネグレクトが疑われる状態だった。

 Aさんは、飲み忘れ防止のためのカレンダーに薬をセットし、子どもであるB氏に服薬の重要性を説明して協力を求めたが、「やるから!」「体調が悪いのはこっち(自分)のせいだと思ってるんだろう」と怒るだけで、一向に改善しなかった。

 一方、認知症の親の体調が悪いと、「ケアの専門家なら認知症を改善させろ。プロに失敗は許されない」「責任の所在を明らかにしろ」「いつでも連絡がつくようにしておけ」と怒鳴ることが続いた。ヘルパーのAさんは地域包括支援センターに相談して担当をはずれたが、いまでもその家の近くを通ると、動悸がするという。

 介護サービスを受ける高齢者本人ではなく、その家族によるハラスメントも数多く報告されている。(厚生労働省「介護現場におけるハラスメント事例集」より)

《取材・文/木村彩》