《特養にいるばあちゃん、8月から食費が倍に上がった》
《しれっと値上げされてた。ショートステイを利用するの考えちゃう》
SNS上でこんな悲鳴が飛び交っている。特別養護老人ホームやデイサービスなどの介護施設の利用者の間で、食費や部屋代の負担増が相次いでいるためだ。
介護費用の負担増加に込められた狙い
介護福祉ジャーナリストの田中元さんが解説する。
「今年8月に施行された介護保険制度の見直しに伴い、介護施設の食費を補助する『補足給付』の助成額が減らされ、利用条件が厳しくなりました。そのため一定の年収がある人は、収入に応じて食費の負担が増えるようになったのです」
詳しい内訳は上の表のとおり。年金をはじめ前年の収入が年120万円超~155万円以下の場合、特養など介護施設での食費が1日あたり650円から1360円と、ほぼ倍額に。ショートステイ利用時の食費も年収に応じて増やされ、最大で1300円に跳ね上がった。今年7月までに比べて月2万2000円ほど上乗せされることになる。
また、補助を受けるには預貯金にも条件があり、従来はひとり暮らしで1000万円以下、夫婦で2000万円以下が対象となっていた。
「ところが8月から預貯金の上限額も引き下げられました。3つの区分に細分化され、条件からはずれると『補足給付』自体が受けられなくなってしまいます」(田中さん)
例えば、年金などの収入が年120万円超で、さらに単身で500万円以上の貯金がある人は制度の対象外に。施設の食費だけでなく、部屋代の補助も受けられなくなる。その場合、施設の種類や部屋のタイプにもよるが、最大で月6.8万円の負担増!
「なかでも打撃が大きいのは夫婦だけの世帯で、どちらかひとりが施設で介護を受けているというケースです」
そう指摘するのは、介護問題に詳しい淑徳大学の結城康博教授。
「例えば妻が特養に入っていて、夫は自宅で生活している場合、今回の制度改正で食費代が増えた分だけ、夫が生活費を切り詰めて捻出しなければならなくなります。年間で約24万円の負担増になるわけです」(結城教授、以下同)
負担増はそれだけにとどまらない。8月から「高額介護サービス費」制度も改正された。介護サービス利用料のうち、1か月に支払った合計が収入に応じた負担限度額を超えたときは、その分が払い戻される制度だ。
「この自己負担額の上限も上の表のとおり引き上げられました。特に影響が大きいのは、在宅で介護を受けている人。今まで4万4000円以上なら還付を受けられたのに、収入によっては倍以上も払わなければいけなくなった。それにより週3回通っていたデイサービスを2回に減らすとか、ヘルパーの利用を控える人が出てくるおそれもあります」
前出・田中さんは、在宅介護を担う家族への影響を懸念している。
「コロナ以降、デイサービスやショートステイの利用控えが起きています。一方、訪問介護や訪問看護の利用は増えているのですが、ヘルパーが見てくれるとはいえ毎日ではありませんし、介護を担う家族はなかなか休めるものではないのが現実。肉体的なものだけでなく精神的な疲労もたまっていきます。そうして介護負担が重くなっているところへ追い打ちをかけるように、8月からは金銭的な負担ものしかかることになった」
コロナ禍で生活が苦しくなる人は後を絶たない。なぜ今、負担増の施策に次々と打って出るのだろうか? 田中さんが続ける。
「介護費用の負担増に関して複数の案が議題に上がっていましたが、時期尚早と見送られた結果、今回は比較的手をつけやすい『補足給付』の見直しが行われました。ただ、生活への不安が増していく中では、コロナ収束まで一部の負担増を保留する判断も必要ではないかと思います」
一方、結城教授は国の狙いをこう読み解く。
「今回の改正は、“貯金があるなら、それを食いつぶしてから公的サービスを利用してください”という国からのメッセージ。人口に占める高齢者の割合が30%を超える中、医療や介護などの社会保障費は膨らみ続けています。若い世代が支払う介護保険料もどんどん上がっていく。そんな中で“高齢者の負担も増やして痛みを分かち合っていますよ”という、現役世代に向けたアピールの要素が大きいと思います」(結城教授)
660万人に影響の恐ろしい計画も
厚生労働省によれば、「補足給付」の見直しの対象者は約27万人に上る。こうした介護の負担増の動きは今後、さらに強化されていく見通しだ。結城教授が政府による衝撃の計画を明かす。
「ケアマネジャーが作成するケアプランを有料化する計画が進められています。さらに、要介護1、2の人のヘルパーやデイサービスを介護保険の対象からはずして、市町村が行う地域支援事業へ移行させる案も浮上しています。来年4月から75歳以上で一定の年収がある高齢者は病院の窓口負担が2割に引き上げられますが、この対象を拡大させようとする動きも活発です。いずれも数年以内に着手するのは間違いありません」
もしケアプランの有料化が実現すれば、660万~670万人に影響が及ぶというから恐ろしい。少しでも痛みをやわらげ、負担を軽くする方法はないものだろうか?
「夫か妻のどちらかが施設に入っていて、別居している夫婦の場合、住民票の世帯を分ける『世帯分離』が可能かもしれません。夫婦で世帯を一緒にしていると、夫が会社員であれば厚生年金と妻の国民年金とを合算した金額が年収としてカウントされてしまいます。しかし世帯分離をすれば、妻は国民年金だけという人も多いでしょうから収入がガクンと下がります。すると低所得階層になるので、受けられるサービスが増えるかもしれません」(結城教授)
介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんは、こんな提案をしてくれた。
「2015年に『補足給付』に初めて預貯金額の条件がつけられたとき、遠方に住む親を介護している人たちから後悔の声をよく聞きました。みなさん口々に、“子どもである自分が介護費用を負担してきたけれど、親の預貯金が中途半端にあるから補助を受けられない。最初から親のお金を出しておけばよかった”と言うんです。今回の改正をきっかけに、普段から介護費用は親の預貯金でやりくりするよう心がけてほしいですね」
あまり知られていないが、該当すれば介護保険料の負担を減らせる制度もある。
「障害者手帳を持っていなくても、介護保険の認定などで各自治体が定める対象に該当する人は、税法上の障害者とされ、住民税が非課税になります。すると介護保険料の負担も軽減されるんです。自治体によっては税法上の障害者に要介護4、5の人を対象としているところもあるので、最寄りの自治体に問い合わせを」(太田さん)
「利用できるサービスをタイミングよく使うことが重要」と、前出・田中さん。
「介護中の家族は限界まで頑張ってしまいがち。疲労が蓄積されているのに気づかないんです。危険な状況に陥る前に、疲れたなと思ったら、ためらわずショートステイやデイサービスを利用しましょう。ケアマネでも地域包括センターの職員でもいいので、いつでも相談できる“かかりつけ相談員”をつくっておくこともおすすめです」(田中さん)