昨年末、NHKのドキュメンタリー番組ETV特集にて『空蝉の家 ひきこもり死・家族の記憶』が放映された。
番組は2018年、神奈川県内で孤独死した56歳の男性の背景を描いている。死の原因は栄養失調による衰弱死。30年以上ひきこもり生活を送っていたその男性は、生活保護を受けることも病院に行くこともなかった。
親亡きあと、男性はゴミ屋敷同然の家で周囲に助けを求めることなく亡くなった。父親は生前、日記に家から出ず無気力な様子の息子のことを「空蝉のごとし」と綴っていたという。受験や就職の失敗、人間関係、健康状態。きっかけはさまざまだが、どれも「特別なこと」ではない。いつかの自分や家族、という可能性も。
2019年の内閣府データによると、中高年(40~64歳)のひきこもり数は61万人以上。いわゆる「8050問題」は深刻だ。子どものひきこもりが長期化し、働かない・働けない子どものために高齢の親が経済や暮らしを支えなければいけない状態のことをさす。80代の親と50代の子どものケースが多いことからこう言われている。
中高年のひきこもりにおける危うさは、親子共々死のリスクが高いこと。高齢になった親は、社会に出られない子どもに代わって働くことができない。結局、生活の糧は親の年金頼りになってしまう。
そんななか唯一の収入のもとだった親が亡くなることで、完全な孤立状態になり、子は孤独死に至ってしまう。
ひきこもっている本人だけでなく親も周囲に相談できず、支援の手が届かない場合もある。親戚や近隣住民との交流がないと、最悪、餓死や病死などの状態で発見される。
7割以上に正社員歴アリ
「自分や自分の子どもはひきこもりにならないから大丈夫、ということはありません。中高年になってからひきこもってしまうのは決してめずらしいことではない」。そう語るのはKHJ全国ひきこもり家族会連合会の社会福祉士、深谷守貞さん。
20代でひきこもったまま中高年になる人のほか、普通に社会人として働いていた人が40代や50代になって初めてひきこもりになる例も少なくない。
例えば高学歴で大手企業に就職し、外資系企業にヘッドハンティングされた男性が、そこでの人間関係がうまくいかずに退職、そのままひきこもってしまったり、年収1000万円だったが会社からの不当な解雇をきっかけにひきこもりになったという例も。
「職を失った場合、年齢が上になるほど次の就職先が見つかりづらい。だんだんとやり直しのきかない社会になってきているんです。そのため誰しもが、“何かちょっとしたきっかけでひきこもりになる”条件がそろっているといえるかもしれません」と、話すのは臨床心理士として、ひきこもり支援で多くの人と接してきたSCSカウンセリング研究所の桝田智彦さんだ。
40歳から64歳でひきこもるきっかけとして、いちばん多いのは「退職」(2019年内閣府データ)。親の介護や定年で職場を去り、社会と関わる場を失ったため、自然と孤立しやすくなる。
次いで多いのは「人間関係」。仕事上でのストレスやパワハラ・セクハラなどをきっかけに、人間関係が困難だと感じるようになると再就労も難しくなってしまう。調査の回答者の7割以上は正社員の経験があるという。
「現代社会ではコミュニケーションが最も重要視されます。人間関係がうまくいかないと、社会での居場所がなくなってしまう。そういう時代になっています」(深谷さん)
叱咤も激励も禁句 親子関係の修復を
自分亡きあとわが子はひとりでやっていけるのか。当事者の親にしてみれば、心配は尽きない。死んでも死にきれない思いだろう。
もしかしたら思い直して再就職してくれるかもしれない、新しい環境に自ら飛び込んでいってくれるかもしれない。どうか、どうか……。しかし、ストレートにそんな不安や期待をわが子にぶつけるのは思いとどまったほうがいい。
「ひきこもっている本人も、働けない自分を一日中責め、疲弊しています。そんななかで毎日のように親に叱咤されたり激励されると、余計に本人を追い詰め、親子関係を悪くしてしまう」(深谷さん)
「この年になって何をやっているんだ」「おまえの努力が足りないんだ」などといった言葉は、ひきこもっている人にとっては絶対に禁句。励まされるどころか、余計に社会に出る機会を逃してしまう。
「ひきこもってしまった子どもは社会との関わりがなくなってしまう。すると自宅では『親と子』のみの環境になってしまうのです。ひきこもり問題はそうして次第に、親子間の問題へと変化していくこともあります」(桝田さん)
子どもに行政からの支援を受けてもらうにしても、まずは親から働きかけないことには始まらない。
「ひきこもりの本人に接触できるのも、何か行動を促すのも、最初は親しかいないのです。だからもし子どもがひきこもった場合、何よりも親子関係の緊張を解くことから始めなければなりません」と専門家たちは声をそろえる。親子関係の回復が他者との関係の改善につながり、それが支援を受けるきっかけにもなる。そうして社会復帰の一歩を踏み出せるのだ。
ひきこもりの子ども 心の傷に気づいて
まずは挨拶から始めること。「おはよう」「寒くなってきたね」など、日常のさりげない言葉で構わない。それが子どもの存在を承認し、かけがえのない存在だと伝えることにつながるという。
ひきこもる中高年の子との関わり方について桝田さんは、
「ひきこもりの方は、自分の存在が必要ではない、必要とされていないと感じています。だからこそ子どもを無条件に愛し、肯定することが大事なんです。まずはわが子の話を否定せずに受け入れてあげてください。『そうなんだね』といった受け答えの返事だけでいいんです」と言う。
子の心の傷は何なのか。なぜひきこもっているのか。ポジティブなこともネガティブなことも、一切否定せずに聞き入れることが大切だ。そうすることで本人は少しずつ前向きになっていくことが、心理学的にも証明されている。
「『最後まで自分を尊重し、理解してくれようとしてくれた』『最後まで自分の命、存在を大切にしてくれた』。これが親亡きあと、子どもが生きていくために必要な思い。心に最後まで残るメッセージだと思います」(桝田さん)
(取材/オフィス三銃士)