血糖値は“低いほうが安心”はキケン!(※画像はイメージです)

 昨今、“糖質オフ”や“糖質ゼロ”をうたった食品がブームとなっている。その背景には、日本人の成人の6人に1人が糖尿病または予備軍といわれている現実がある。実際、糖質のとりすぎは高血糖につながり糖尿病を招く。

「血糖値が高い状態が続くと全身の血管が傷つき、さまざまな合併症が進行します。ですから糖尿病の治療において血糖値を下げることは大前提です」(岡田先生、以下同)

 日本糖尿病学会では、正常な食後血糖値の範囲を70~140mg/dlとしている。随時血糖200mg/dl以上、かつHbA1c6・5%以上の場合、糖尿病と診断され、食事療法や運動療法に取り組むことになる。

「ただし、長年の生活習慣を変えることは難しく、食事療法や運動療法を続けられない患者さんは少なくありません。そうなった場合、必要に応じて適切な薬を使って治療をしていくことになります」

低血糖を繰り返すと自覚症状に気づけない

 糖尿病の予防や治療において、血糖値は低ければ低いほどいいというわけではない。実は近年、血糖値が下がりすぎる「低血糖」が危惧されている。

「低血糖を1回起こしたからといって、すぐに命に関わるわけではありません。例えば、忙しくて食事をとれずにいると、空腹感を覚えるころには血糖値は60mg/dl台まで下がっています。健康な人の体内では血糖値が下がりすぎると血糖値を上げるホルモンが分泌されるため、それ以上は低下しません。しかし、糖尿病患者さんの場合は、血糖値が60mg/dl以下まで下がってしまうこともあります」

 血糖値が極端に下がると人間の身体には強い空腹感や動悸、軽度の冷や汗といった自律神経的な症状が現れるため、自分の体調の変化に気づくことができる。

「しかし、慢性的に低血糖を起こすと身体が慣れてしまい、低血糖の症状に気づきにくくなってしまうんです」

 低血糖が続くことはさまざまなリスクを誘発する。

「何度も低血糖を起こしていると血管がダメージを受け、心臓病につながる可能性がありますし、血糖値を下げすぎることで、脳卒中や心筋梗塞による死亡率が上がるという報告もあります。また、高齢者の場合、低血糖を繰り返すことで認知機能が悪化し、認知症発症のリスクが高まることもわかっています。最近では、低血糖が原因と思われる高齢者の自動車事故も問題になっています」

自分が使っている糖尿病の薬を知る

 慢性的な低血糖を引き起こす原因となっているのが、糖尿病の治療薬だ。

「すべての糖尿病の薬が低血糖を招くわけではありません。現在、糖尿病の薬にはさまざまなものがあり、中でも『SU薬』と呼ばれるスルホニル尿素薬はいちばん古く、私が若いころにはこの薬しかありませんでした。SU薬は膵臓に作用してインスリンの分泌を促す働きがあり、1回飲むと24時間作用する、効果が高い薬です。ですから、食事をとらなかったりすると薬が効きすぎて低血糖になってしまいます。また、高齢で腎機能が落ちている方の場合、薬の効果が数日間も続くことがあります。それに気づかずに毎日、服用すると予想以上に効果が出すぎてしまい、低血糖を引き起こします。同様のことはインスリン注射薬にもいえます

 しかし、すべての医師がこの事実を知っているわけではない。

「私が医学部で学んでいたころは、糖尿病の場合、血糖値を抑えれば合併症の抑制に有効だとされており、血糖値を下げることを重視する指導を受けていました。しかし近年は低血糖にもリスクがあることがわかり、糖尿病治療は大きく変わりました。ただ、糖尿病治療に関しては医師の間でも温度差があるのが現状で、かつての治療法を続けている先生も少なからずいらっしゃるようです」

 だからといって、勝手に薬をやめるのは絶対にNG。

「最近では低血糖を起こしにくい、いい治療薬が出てきており、医師は血糖を適正にコントロールできるような治療が可能になりました。まずはご自分が使っている薬が低血糖を起こしやすいSU薬、インスリン注射薬に該当するかどうか知っておいていただきたいですね」

食間が空く場合は軽食や補食をとる

 低血糖を防ぎ血糖をコントロールするための方法とは?

「食事の間隔が空いて空腹になっているときに物を食べると血糖値が急上昇します。血糖値の変動が大きくなると低血糖になりやすいので、1日3食規則正しく食べることが大切。どうしても難しい日は、食事と食事の間に軽い間食をとることで低血糖の予防が期待できます。間食をしたらそのぶん、次の食事で炭水化物を減らして糖質のとりすぎにも気をつけましょう」

 糖尿病薬で治療中の人には、次のような方法が有効だ。

「炭水化物の摂取量が少ないと低血糖が起こりやすいので、食欲がないときでも炭水化物は適切にとるようにしてください。普段よりも活動量が増える日は血糖値が下がりやすいので、私の患者さんには3時のおやつとしてビスケットなどの軽い補食をとることをすすめています」

 自分が低血糖かどうかを知るためには、まずは体調の変化を見逃さないことが肝心。

「低血糖の初期段階では、フラフラする、頭がボーッとするといった自覚症状を感じているはずです。そうした体調の変化に気づいたら、できるだけ早く医師に相談するようにしてください」

キケンな低血糖を防ぐには

 

飲んでいる糖尿病の治療薬を把握して医師に相談

 スルホニル尿素薬とインスリン注射薬は重度の低血糖を起こしやすい薬剤。いずれかの薬剤を使っている場合、自分の体調とともに医師に相談を。

体調がおかしいときにはジュースやコーラを飲む

 低血糖の症状に即効性があるのは糖類が含まれた飲み物を飲むこと。ジュースやコーラをコップ1杯程度飲み、体調が落ち着いたら固形物でも糖分の補給を。

普段よりも身体を動かす日はおやつを用意

「今日は孫の面倒を見る」「天気がいいので大掃除をする」など、普段よりも動き回る日は自分の体調や状況に応じて3時のおやつをとりましょう。

低血糖を認知症と誤認したケースも!

 高齢になると大なり小なり認知機能が衰えるのは事実。だが、岡田先生のもとに来院した患者さんには、次のようなケースも。

「別の病院で糖尿病の治療を受けていた高齢の患者さんが、ご家族に連れられて診察にみえました。ご家族は『認知症になって、話しかけてもほとんど返答もしなくなった』とおっしゃっていたのですが、血糖を測ったところ30mg/dlで低血糖であることが判明。ボーッとしていたのは低血糖を頻繁に起こしていたからなんです。低血糖を改善する治療に切り替えたところ、以前のようにおしゃべりができるようになり、ご家族はびっくりされていました」

 糖尿病の治療をしていると、こういうことも起こりうることを知っておきたい。

お話を伺ったのは……岡田洋右先生
●産業医科大学医学部第1内科学講座准教授、臨床研究推進センター長。医学博士。産業医科大学医学部、産業医科大学医学研究科障害機構系、コネチカット大学研究生などを経て現職。

<取材・文/熊谷あづさ>