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 YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーとして活躍した高橋幸宏さん(享年70)の突然の訃報に、悲しみの声があふれている。所属事務所の発表によると、死因は脳腫瘍によって併発した誤嚥性(ごえんせい)肺炎。

 2020年には、俳優の志賀廣太郎さんや落語家の林家こん平さんなども、この誤嚥性肺炎で亡くなっている。

「誤嚥性肺炎」で死なないための処方箋

 新型コロナウイルス感染症ばかりに注目が集まって久しいが、特に高齢者にとっては誤嚥性肺炎も恐ろしい病気のひとつだ。

 厚生労働省の『人口動態統計』によると、2021年の誤嚥性肺炎での死亡者数は4万9488人。死因順位では第6位となっているが、そもそも誤嚥性肺炎とはどのような病気なのか。あんどう内科クリニックの院長・安藤大樹先生に話を聞いた。

「本来なら気道に入ってはいけない食べ物や飲み物、唾液などが気道に入ってしまう“誤嚥”によって起こる肺炎が、誤嚥性肺炎です。

 老化や脳血管障害の後遺症などで、飲み込む機能や咳をする力が弱まると誤嚥を起こしやすくなるため、特に高齢の方にとっては注意が必要な病気といえます。

 実際に、入院加療を要する肺炎のうち、70歳以上の高齢者の場合は約70%、90歳以上になるとほとんどが誤嚥性肺炎。医師が高齢者の肺炎を診察する際に、まず念頭に置くべき病名です」

1月11日に亡くなった高橋幸宏さん

 一般的な感染性肺炎とどう違うのだろうか。

「一般的な肺炎の場合、原因菌が比較的容易に特定できるので、治療のための抗菌薬も選びやすい。一方で、誤嚥性肺炎は、主に口の中の細菌やウイルスが唾液などとともに肺に入り込むことで炎症を起こします。

 口腔内には常に500種以上、1000億個を超える細菌などの微生物が多数生息していて、そのなかには肺炎球菌やインフルエンザ菌、緑膿菌など、肺炎の原因となる菌が多種含まれています。

 そのため、どの菌が炎症を起こしているかの特定に時間を要し、治療の第一歩として効果的な抗菌薬がどれかを選択する難しさもあります」(安藤先生、以下同)

 原因菌の特定が難しいだけでなく、誤嚥性肺炎と一般の肺炎は症状にも違いがある。

「誤嚥性肺炎の場合、発熱や咳、膿のような痰といった肺炎の典型的な症状が出ないことも多いです。なんとなく元気がない、食欲がない、喉がごろごろするといった軽い症状のみで気づかれにくく、発見が遅れてしまうこともありえます。

 発熱などの目立った症状が出るころには、肺炎がかなり進行してしまっているというケースも。また、原因となる誤嚥自体の根本治療は難しいため、再発を繰り返すという特徴もあります」

 そもそも、誤嚥がどのようにして起こるのかも知っておきたいところ。なぜ、老化によって誤嚥は起こりやすくなってしまうのだろうか。

誤嚥が起こる原因と“不顕性の誤嚥”

「飲み込む(嚥下えんげ)という行為を細かく分析すると、5つの段階に分かれます。

 食べ物を見て認識する【認知期】、食べ物を実際に口に入れ、噛みつぶして食塊をつくる【準備期】、口腔から咽頭へ食塊を送る【口腔期】、食塊を気管に入らないように食道に送る【咽頭期】、そして、食塊を食道から胃に送る【食道期】

 いずれかの段階で何らかの障害が起こってしまうと、それが誤嚥のきっかけとなりえます」

 誤嚥の要因はさまざまで、老化により認知機能が落ちると、最初の【認知期】の段階で障害が発生することも。

「目の前にある食べ物の大きさや量、形状や硬さなどをうまく捉えられなくなると、食べ切れない量を一気に頬張ってしまったり、思ったより硬くて噛めず、慌てて詰まらせてしまったりということが起こって誤嚥につながります。

 また、噛む力や舌で食べ物を押しつぶす力が低下すると【準備期】も誤嚥の要因になりえますし、口腔内や喉の筋力が落ちて飲み込む力自体が低下していると、その後のいずれの段階でも誤嚥してしまうリスクが高まりますね」

 老化だけでなく、脳血管障害などが嚥下機能の衰えにつながることもある。高橋幸宏さんも、2020年夏に判明した脳腫瘍の摘出手術後、復帰のためにリハビリを続けている最中に、誤嚥性肺炎を併発したと発表されている。

「正常に食べ物を飲み込んだり、誤嚥した際にむせて異物を排出したりできるように神経に働きかける“サブスタンスP”という物質があります。

 パーキンソン病や脳血管障害などによってこの物質の分泌が低下すると、嚥下機能が落ちてしまい、結果として誤嚥性肺炎につながってしまうことも多いです。高齢者だけでなく、過去に脳血管障害を患ったことがある方も、誤嚥性肺炎に注意が必要です」

 寝ている間に少量の唾液や胃液などが気管に入って起こる“不顕性の誤嚥”もある。

不顕性の誤嚥の場合、本来なら異物が気道内に入ったときに起こるせき込みや、むせるなどの反射が見られないこともあります。本人も自覚がないため、気づかないうちに誤嚥性肺炎を繰り返し発症する原因になりえます。

 不顕性の誤嚥は誰にでも起こりますが、若年者の場合は基本的な免疫機能も高く、大事には至らないことが多いです。一方、体力や免疫機能が弱っている高齢者や基礎疾患がある方にとっては、命に関わるケースも少なくありません」

 さまざまな要因によって起こる誤嚥性肺炎。予防のためには何をすればいいのだろうか。

歯磨きやうがいのケアでリスク減

「まず、何よりも重要なのが歯磨きやうがい薬などによるこまめな口腔ケアです。肺や胃腸の入り口でもある口内には、1000億個以上のさまざまな菌がいます。適度な湿度と温度が保たれている口内は、細菌にとっては理想の環境。

 口腔ケアをしなければ細菌はどんどん増える一方で、その数が多いほど誤嚥で肺炎を発症するリスクも高まります。口内を常に清潔に保っておくことは、歯の健康のためだけではなく、肺炎予防の点でもとても効果的です」

口腔内を清潔に保つために、水や白湯を飲むことも有効だ ※画像はイメージです

 定期的な歯科診療も、口腔ケアのために必要不可欠だ。

「年配になるほど、虫歯を放置したままの方も多いようです。虫歯の箇所だけでなく、普段のケアではなかなか取れない歯垢なども菌の温床となってしまいがち。

 虫歯を治療するだけでなく、歯科医師や歯科衛生士に口内の状態を確認してもらい、適切な口腔ケアの方法をプロに指導してもらうことも大切です」

 ほかにも、普段の心がけひとつでできることは多い。

「こまめにお茶や水を飲んで口内の菌を胃に洗い流すことも一定の効果があると思います。ただし、サラサラとした液体はむせやすいので、口にする際は気をつけましょう。

 食事の際には、ひと口で食べる量を少なくして、ゆっくりとよく噛んで食べることを心がけるなど、誤嚥を防ぐ工夫も必要ですね」

 誤嚥自体の根本的な予防はなかなか難しいが、飲み込む力や口まわりの筋力を意識的に鍛えておくことも有効だ。

「早口言葉や、舌を突き出して細かく動かす運動をするなど、口まわりを意識的に動かすことは嚥下機能の向上につながります。ほかにも、ただ歌ったり、笑ったり、おしゃべりをするだけでも、喉の筋力アップが期待できるでしょう。

 また、口の中には、耳下腺・顎下腺・舌下腺と呼ばれる、唾液の出やすいポイントがあります。それらの唾液腺を食事の前などにやさしくマッサージすると、唾液の分泌を促すことができ、誤嚥予防にも効果的ですよ」

【唾液腺の場所】耳下腺は耳と奥歯の間、顎下腺は左右のあごの骨の内側の柔らかい部分、舌下腺は下あごのくぼみ部分。指で軽く圧迫してマッサージすることで、唾液の分泌を促すことができる

 嚥下機能は40代から衰え始める。誤嚥を予防し、おいしく楽しく食べる習慣を早めに身につけておきたい。

安藤大樹(あんどう・だいき)●あんどう内科クリニック(岐阜県岐阜市)院長。『医療よろず相談所』をコンセプトに、生活習慣病や感染症、ストレスによる心の不調まで、あらゆる医療問題に対応するプライマリ・ケア医

(取材・文/吉信 武)