「職場のみんなも、あなたを必要ないと言っている」
──現在はシニアユーチューバーとして活躍しているyamaさん(61)が、4年前、57歳のときに会社から告げられた言葉だ。
突然の解雇で家を売却
「突然の整理解雇でした。理由は会社の業績不振でしたが、仲間たちからも不要な人と思われていたと知って、頭の中が真っ白になりました」(yamaさん、以下同)
今となっては本当に仲間がそう言ったのかは定かではない。でも当時はその言葉が胸に突き刺さった。65歳まで勤められるだろうと思っていた会社なので、突然、収入が断たれるという恐怖も一気に押し寄せる。
「こうなった以上はやれることをするしかない。東京都の労働相談所や弁護士のところへ行き、会社の対応は法的に問題がないか確認しました」
相談すると、会社側には労働基準法に触れるいくつかの違反が見つかった。いちばん親身になってくれた弁護士に依頼をして会社と係争。結果、会社側から多少の解決金と有給休暇の給料分を支払ってもらえることになった。
「引き続き会社と闘うことも可能でしたが、私の精神がもたないと思って、そこで和解という形をとりました」
過度のストレスによりまぶたが開かなくなる
係争の間は過度なストレスと将来への不安で、何日も眠れない日々が続いたという。
「お金の不安が大きかった。生活費に加えて半分残っている住宅ローンの支払い、さらに借金の返済もあったんです」
実はyamaさん、47歳のときに会社を辞めて大学院に入っている。
30代でシングルマザーとなり、女手ひとつで2人の子どもを大学まで出し、子どもたちが成人したのを機に自分も学び直したいと大学院へ進学。その時に借りた奨学金60万円の返済が重くのしかかっていた。
「収入がある前提で生活プランを立てていたので、老後への蓄えはおろか貯金もほぼなくて……」
生きることへの絶望が膨らみ“いのちの電話”に電話をかけるほど追い詰められていく。そして、まぶたが開かないというストレス性の神経症を発症。人生のどん底だった。
当面の生活費をどうするか。失業保険を受給できるとはいえ、支給額は前職の給料の6割程度、支給期間も半年ほどだ。その間に生活が立て直せるのか。
「目の病気でお世話になっていた医療ソーシャルワーカーさんに相談すると、金銭面についてもアドバイスをしてくれました。そして退職後でも傷病手当が受給できると教わって。
給料の約70%を半年ほど受給でき、その受給が終了してから、改めて失業保険を受給できると知りました」
この方法で1年ほどは生活費がまかなえる。ホッとした。ではその間に何をすべきか。最初に取りかかったのはまだローンが残っている都内の3LDKの自宅マンションを売却することだった。
「けれども20年以上住んだ愛着のある住まい。決心がつかなくて、銀行に相談をしてわかったのは、やはりローンを支払い続けるのは難しく、“住み続けるのは無理”ということ。そしてとうとう売却することを決意したんです」
決めてしまうと行動が早いのがyamaさん。すぐに数件の不動産会社にあたり、売却を依頼していく。自分でも不動産サイトなどを見て「少しでも高い値段で売るにはどうしたらいいか」を研究。
自分で自宅写真を撮り、物件紹介サイトの文章を練り直すなど、不動産会社に任せきりにせずにアプローチを重ねていった。そのかいあって、見込み金額よりも高い値段で売却することができた。
「ローン残高がゼロになったときは、晴れ晴れしました。奨学金も一括返済して借金がすべてなくなり、気持ちがすごく軽くなったのを覚えています」
当面の生活費を確保したyamaさん。「これからは小さく暮らそう」と、都内の1LDKの賃貸マンションへ引っ越しをする。このとき59歳。新たな生活がスタートする。
肉、魚は食べず1日の食費は500円
「総務省の調べによると貧困率がいちばん高いのは65歳以上の単身女性なんだそう。私はまさにそれに当てはまりつつあります」
月の年金は10万円に満たない予定で、今からiDeCoやNISAをやるのも怖い。どうやったら生き残れるのか……答えはシンプル。少ない予算でやりくりをすることだった。
携帯は安いプランに乗り換え、割高な外食や市販の惣菜、コンビニは利用しない。外出時にはお茶を入れたマイボトルを持参し、趣味の読書は図書館を利用。風呂の残り湯は洗濯や掃除に使う。
財布の中は常に整理して、レシートをためず、お金の流れを常に把握しておく。電化製品は掃除など小まめにメンテナンスして無駄な光熱費がかかるのを防止し、製品の寿命を延ばすことを心がける。使うものだけをまとめ買いする……。
「買い物のときに気をつけているのが、“安い”からと買わないこと。必要なものだけを買うようにしています」
また買い物時にはスマホの電卓を活用してグラムあたりの単価を試算し、より安いほうを選ぶなどの工夫も。
「買い物は、安くていいものを買うゲームのような感じ。満足な買い方ができると“よし!”って楽しくなります」
食費はさほど削らず健康であることを優先
無駄を見直し、お金の使い方に慎重になっていったことで、「自分にとってここは譲れない」と思えるものが明確になっていった。
yamaさんの場合、洋服やおしゃれにこだわりはなく、いつも同じような服でも気にならない。けれども健康のための食材や大好きなアップル製品はケチりたくないと自覚した。
「食事は“玄米菜食”。肉や魚は食べず、玄米と野菜、大豆を中心とした食事にしています。月の食費は約2万2000円で、もう少し抑えたいところですが、安価な食材よりも健康によいものを選びたいので無理して安くしようとは思っていません」
その食事内容はYouTubeでも紹介されていて、豆腐のホワイトソースグラタン、玄米カレーチャーハンや豆乳ケーキなど、健康を配慮した品ばかりで見るからにおいしそう。視聴者からも「菜食のスペシャリストですね」「お店が開けそう!」など、多くの感嘆の声が上がっている。
「老後生活を送るうえで、健康は最も大切。医療費がかかれば家計は圧迫されるし、心身共に豊かな日々が送れなくなります。健康食材は少し割高ですが、私にとっては無駄な出費ではないんです」
おかげで健康診断はオールA。身体はすこぶる調子がいいという。
「食材は古いものから使う、余った食材はレシピサイトなどを参考にしてすべて使いきるなど、無駄を出さない工夫はもちろんやっていますよ」
積極的に身体を動かすことも、節約につながっている。
「出かけるときは路線検索をして、いちばん安い運賃をチェック。最寄り駅だと地下鉄とJRを使うけれど、ひと駅歩けばJRだけですむ場合は、迷わずひと駅歩きます。目的地が駅から遠くても、タクシーなどは使いません。歩けば出費は減るうえ、健康が手に入るのですから」
また、部屋が汚れていたり、散らかっていたら、気づいたその場で掃除をする。
「おっくうだなと思っても後回しにしないで、すぐにやります。汚れがたまらなければ、小掃除でいいので手間も洗剤も少しですむ。部屋がいつも整理整頓されていると、思考もすっきり。やるべきことが明快になり、生活の無駄も見直しやすくなります」
お金を使うときは残りの人生を意識して、「本当に必要か」を自問自答するそう。
「それは決して窮屈ではなく、自分に合った暮らしを知ること。お金は少ないですが心は以前より豊かになったと感じています」
アルバイトも不採用、しかし光明が!
老後生活の頼みの綱といえば年金。少しでも受給額を増やすため、yamaさんが検討しているのが「受給年齢の繰り下げ」だ。
「年金は原則65歳から受給できます。希望すれば受給を1か月単位で遅らせることができます。70歳から受給すれば40%、75歳から受給すれば84%も増額できます。もちろん長生きする保証はどこにもないけど、なるべく受給開始を遅らせたいと思っています」
そのためには少しでも長く働いて収入を得なければ……。yamaさんはアルバイトを始めようと、求人が出ていた近くのスーパーに問い合わせをしてみた。
「電話口では『人がいなくて大変だから、すぐにでも来て』と言われたんですが、いざ面接に行ってみたら不採用でした。驚きと同時に、『私って相当ダメなんだ』ってかなり落ち込みましたね」
その後はハローワークのシニア相談窓口へ行き、キャリアカウンセリングを受ける。紹介された会社には、正社員でも契約社員でも、手当たり次第に応募書類を送っていった。
「けれどもことごとく通らないんです。面接にすら行きつかない。シニア女性の就活は、本当に厳しいんだと改めて痛感しました」
そんな時だ。以前に投稿していたYouTubeの動画が徐々に視聴回数を増やし、あれよあれよと登録者数が増えていった。
「『どうせ誰も見ないだろう』って自分の鬱々とした気持ちをまとめた動画でした。視聴者を引きつけるコツなんて考えもしない動画だったので、正直、うれしいと同時に驚きました。少ないですが収入を得ることもできたんです」
動画を視聴した人からは、「つらい状況にいたけど元気をもらった」「励みになった」などのコメントが寄せられ、そのひとつひとつを読むだけでyamaさんも元気をもらったという。
もともとアップル製品が好きで、アップル社が開催している“Today at Apple”で動画編集を学ぶなど動画編集は大好きだった。その後も、家族や友達にも言えないような鬱々とした気持ちや日々の気づきを動画にまとめて投稿していった。
「気づいたら視聴登録者が2万人を超えていました。今では動画作りが私の生活の中心になっています。整理解雇されて4年、やっとやりがいを感じる仕事に出会えた気がします」
今は開業届を出し、本格的にユーチューバーとして活動している。
「とはいえYouTubeだけの収入に頼るのはリスクです。今後は小さくても複数の収入源を持つことが目標。何をするかはまだ模索中です」
倍率500倍、事故物件も多い都営住宅
老後を乗り越えるうえでもうひとつの課題となっているのが住居費。yamaさんの月の支出の3分の2以上は家賃が占める。ここを少しでも削ることができれば老後資金に余裕が生まれる。
「住居費を抑えるには公営住宅がいいと思って、都営住宅に申し込みをしました。けれども単身者の場合は倍率がすごく高いんです」
孤独死などによる事故物件も多いが、人気物件は500倍を超えることもざら。何度か挑戦を続けるが、なかなか当選の通知を手にすることはなかった。
「その後、都営住宅は小鳥が飼えないということがわかって、現在は応募をやめています。もちろん今の家賃はかなりの負担。
でも騒音もなく、スーパーも近い、母親が住む実家も近くてとても便利なため、もう少しここで頑張りたいというのが今の心境です」
お子さんが2人いるなら、同居という選択肢もあるが?
「自分でなんとかできるうちは、頼りたくないんです。それに今の暮らしが本当に心地がいいんです。子どもの世話や仕事に追われることなく、24時間すべて自分のために使える。
やりたくないことや行きたくない所は避け、自分の好きなこと、興味のあること、楽しいと思うことだけやれるから」
残りの人生、yamaさんはどんなビジョンを描いているのだろう。
「将来は悪いことが起きるかもしれないけど、反対に良いことが起きるかもしれない。だから良いことが起きると考えて日々生きています。
今日死んでも、90歳で死んでも後悔がないようにね。好きなことをやって、心穏やかに過ごすこと、これがいちばんの目標です」
(取材・文/樫野早苗)