「あっ、またか、というのが率直な印象です。ただ近年、高齢者による暴走事故が多発していますが、今回は2度に渡って逃げているのでかなり悪質ですね」
『一般社団法人日本事故防止推進機構』理事長で、交通事故防止コンサルタントの上西一美さんはそう嘆く。
20日午後1時10分ごろ、大阪府大阪市生野区の今里筋の交差点で事故が発生。個人タクシーが赤信号で交差点に進入し、横断歩道を渡っていた松中英代さん(73)と原井恵子さん(67)、自転車に乗った男性(65)を跳ねた。近所の住民は惨劇直後の現場を目撃していた。
「最初にキキーッという大きなブレーキ音が聴こえて、そのあとにアクセルをふかす音が響いた。外に出ると、3人が横断歩道で倒れていた」(近所の住民)
横断歩道で3人ひいて逃走、さらにもう1人を…
ひき逃げした個人タクシーは交差点から800メートルほど走った同市東住吉区の路上で、信号機待ちをしていた原付バイクに乗った男性(81)に接触。
「ぶつかった瞬間、止まってUターンしてまた逃げようとした。でも、スピードが出過ぎていたため、曲がりきれずに植え込みに突っ込んじゃったけど」(別の近所の住民)
暴走した個人タクシーの運転手・斉藤敏夫容疑者(74)は、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)と、道路交通法違反(ひき逃げ)で大阪府警生野署に現行犯で逮捕された。2人の被害男性はひざをこすった程度の軽傷と打撲で済んだが、2人の被害女性は悲惨だった。原井さんは即死、松中さんは意識不明の重体だったが、2日後に帰らぬ人に。
亡くなった原井さんは、現場から数百メートルのところに住んでいた。
「棺桶の顔はきれいなもんやった」
「あの日は横断歩道を渡った先にあるポストに郵便物を投函しに行くところやった。頭を強く打ったみたいだったけど、棺桶で眠っている原井さんの顔はきれいなもんやったよ」(近所の主婦)
原井さんの実家は祖父の時代から70年以上も続く鉄工所を営んでいて、2人姉妹の長女だった恵子さんが家業を継いだ。
「ご主人は婿入り養子で、社長をやってはって、従業員は10人ほど。惠子さんも事務などをまだやってたけどな。恵子さんがいなくなったんやから、これからが大変やろう」(別の近隣住民)
24日、同府柏原市にある寺で亡くなった松中さんの葬儀が行われ、100人を超える参列者が集まった。
「事故当日はお彼岸のために、生野区の実家のお墓参りに行っていたとか。15年ほど前にご主人を亡くされて、苦労した人やね。昔もいまも民生委員をやっていて、やさしくて、面倒見がようて、顔も広い、とてもええ人やったよ」(弔問客)
2人の命を無惨にも奪った斉藤容疑者は、同府門真市の賃貸一戸建て住宅で一人暮らしをしていた。ちょうど4年前の春に引っ越してきたようで、
「賃貸やからと思うが、町内会にも入ってへんし、近所づきあいもない。ここでは珍しいよ。中背でほっそりした男やけども、印象はよくないわな」(近所の住民)
ときおり、夜になると、自宅のほうからサックスを演奏する音が聞こえていたという。
「うちの子どもが言うには、“あれはテナーサックスや”って。音楽が趣味なんやろうね」(同・住民)
近隣住民が容疑者のタクシーを利用しない理由
ある住民は容疑者のタクシーを利用しようとしたが、
「2年前に頼んだんやけど、“近所の人は乗せないんです”ってあっさり断られてね。その話を近所の人にしたら、“そりゃあ、頼むほうがおかしいわよ”って。なんでも、容疑者はちょくちょく車をぶつけていて、よく代車を運転しとるって。つまり、以前から事故が多かったみたいやね」
冒頭の上西さんは、こう指摘する。
「タクシー会社の運転手には、1年に2回の健康診断が義務づけられていて、1人でも受けなかったら会社自体が営業停止になるという厳しい行政処分がある。しかし、個人タクシーには健康管理に法的規制がないため、個人の判断にほぼ委ねられている」
運転の当日、タクシー会社の管理者は運転手の体調をチェックして、運行の可否を決定するが、
「個人タクシーは管理者も自分自身なので、少々体調が悪くても、働かなければ稼げないので、ついつい運転してしまうということも……。今回のような悲惨な事故を減らすためにも、国交省は個人タクシーへの規制を厳しくするでしょう」(上西さん)
被害者はもちろん、斉藤容疑者のような犯罪者を生まないためにも−−。