人生100年時代が到来し、認知症発症を公表する著名人も増えている。
漫画家でタレントの蛭子能収さん(75)は、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症を併発していることを、作家の桐島洋子さん(85)もアルツハイマー型認知症であることを公表している。
一度発症すると完治しない病「認知症」
「認知症は一部の種類を除いて、一度発症すると完治しない病です。発症後は薬などで進行をゆるやかにはできますが、発症前の状態には戻せません。だからこそ早期の予防が大切です」
そう話すのは、認知症予防学会で理事長を務める浦上克哉先生。先生によると、認知機能の低下は段階的に進むため、早めに対策をすれば、認知症の発症を遅らせたり、健康な脳に戻せる可能性があるという。
「認知症は、20~30年かけてゆっくりと悪化する病気。そのため、『軽度認知障害(MCI)』と呼ばれる状態で、正しい対策を行うと脳機能の回復や維持が期待できます。
ただし、MCIのまま放置すると3~5年で認知症に移行してしまうので、注意が必要。MCIの主な症状は『モノ忘れ』なので見極めは難しいですが、健康なときから予防法を実践すると、認知機能の維持にも役立ちます」
認知症を発症したあとも同様の対策を行えば症状の進行を遅らせる効果も期待できるという。
認知症発症につながる12のリスク因子
認知症の予防はどのように行えばよいのだろうか。'17年に英国・ロンドン大学の教授らが書いた論文(*)に、そのヒントがある。
(*)…Livingston G, et al.:Dementia prevention, Intervention, and care.Lancet 2017; 390:2673-2734.
この論文では、認知症の発症に関わる、難聴、教育歴、喫煙、抑うつ、社会的孤立、頭部外傷、運動不足、高血圧、大気汚染、過剰飲酒、糖尿病、肥満の12のリスク因子が示された。
「これらのリスク因子のなかで、自分に当てはまるものを改善・修正すると、認知症を防ぐことが明らかになりました。また、年代によって認知症予防が異なることもポイント。
例えば、45~65歳の中年期は、難聴や高血圧、肥満の対策が必要、66歳以上の高齢期には、喫煙や抑うつ、社会的孤立などがリスクになります。
早い人では、30代後半から脳の中に病理変化が起きています。40代から認知症対策に取り組んでも早すぎることはありません」
本特集では認知症のリスク因子の危険性と最新の予防法を紹介。リスクを正しく理解して、認知症を防ごう!
認知症に早期に気づくポイント
記憶障害
部分的ではなく全体を忘れる(昼食に何を食べたのか、だけではなく、昼食をとったこと自体を忘れる、など)
見当識障害
時間や日付を間違えることが多くなる
判断力や思考力の低下
考え分けができない、すぐ混乱する(2つの作業をして、1つを忘れる。自販機やATMなどの前でまごつく、など)
実行機能障害
物事をスムーズに進められない(自分で計画を立てられない。変化に対応できない。買い物で同じものを買う、など)
行動・心理症状
自信を失い、意欲がなくなった。身の回りに無頓着になった。怒りっぽくなった、疑い深くなった、など
取り繕い
忘れたことを認めず、屁理屈を言ってごまかすことが多くなった
食い違い
「できないこと」の認識が、本人と家族で食い違っている
※『科学的に正しい認知症予防講義』(翔泳社)をもとに編集部作成
若返り1:聴力の低下を放置しない
難聴(聴力低下)は認知症の最大リスク
年を重ねれば、耳が遠くなるのは当たり前。しかし、難聴をそのまま放置していると、認知症の発症を急激に早めるリスクがあるという。
「聴力が低下すると、耳から得られる情報が少なくなり、脳への刺激も減ってしまい、脳機能の萎縮につながります。特に、中年期に難聴になると発症リスクは1.9倍に高まります(難聴がない場合を1とした場合)。
また、私がこれまで行ってきた疫学調査の結果では、難聴によって引き起こされる“社会的孤立”も、認知症発症に大きな影響を及ぼしている、と考えています」
耳が聞こえにくくなると、相手の言葉を何度も聞き返すようになり、次第に他人との交流を避けるようになる。すると、リスク因子のひとつである社会的孤立につながる可能性が高いという。
「実際、認知症の患者さんからも『難聴なので、町内会の会合に出ても何を言っているのかわからず、行かなくなった』や『家族との会話が減った』という声を聞きます。
脳の萎縮に加えて、社会からも孤立している状況なのです。聴力は40代ごろから低下するので、難聴予防は中年期から始めるのが理想ですね」
難聴の主な原因は、加齢や長年の耳の酷使。加齢は止められないが、耳に負担をかける生活は控えてほしい、と浦上先生は話す。
「テレビの音声や音楽を大音量で聴くのはNG。騒音が響く場所では耳栓やイヤーマフの活用をおすすめします。また、静かな場所で耳を休ませる時間も必要です。
そして、耳の聞こえにくさを感じたら、早めに補聴器を使うのが有効な認知症対策になります。補聴器を選ぶ際は『補聴器相談医』や認定補聴器専門店に相談して、自分に合うものを選びましょう」
《NEW TOPICS》40Hz変調音の音刺激による認知症予防に期待!
近年、脳への音刺激を認知症予防や脳機能の改善に役立てる研究が進められている。なかでも注目されている音が「40Hz周期の音(1秒間に40回振動する音刺激)」。
アルツハイマー型認知症の病態を再現したマウスに、この音を聴かせると、脳内の聴覚野と海馬にガンマ波が発生。
すると、認知症の原因といわれている脳内の「アミロイドβタンパク質」の有意な減少が確認された(*)米国マサチューセッツ工科大学の研究チーム 出典:Nature,2016 Dec 7;540(7632):230-235.)。
これまでは、40Hzのパルス音を長時間聴き続けると負担も大きかったが、テレビなどの日常生活音を40Hz周期の変調音で出力する技術も開発されている。40Hz周期の音刺激を自然な形で聴きながら、認知症のケアができるようになるかもしれない。
若返り2:運動はやりすぎない
認知症を予防する運動も“ほどほど”が鉄則
日常的な運動習慣も、重要な認知症対策となる。
「身体を動かすと、神経細胞を元気にする物質(脳由来神経栄養因子)が分泌されて、認知機能を高めるといわれています。また、運動は筋肉や骨が衰えて運動器障害によって要介護リスクを上げる『ロコモティブシンドローム』の予防にも役立ちます」
つまり、運動を怠ると、これらのメリットが得られなくなるということ。その一方で「運動の方法と量には注意が必要」と浦上先生。
「運動不足の解消と聞くと、多くの人がウォーキングなどの『有酸素運動』をイメージします。たしかに中年期で肥満体形の人であれば、有酸素運動はダイエットに有効です。しかし、高齢者が有酸素運動をしすぎると、筋肉の合成に使うはずのアミノ酸を消費して筋肉をつくりにくくしてしまうのです。
そもそも“運動は健康に良い”とされていますが、年齢にかかわらずやりすぎはNG。無理をしてケガをしたり、三日坊主でやめてしまったら、そもそも意味はありません」
認知症を予防する運動法は、有酸素運動だけでなく、筋肉トレーニングを“適度”に行うのがベスト。
「ウォーキングであれば1日8000歩が理想。歩いているときも、周囲の建物を数えたり、道に咲く花の名前を言うなど“頭を使う”と、より認知症対策になります。
また、筋トレは1日10分のスクワットで、脚の筋肉の維持につながります。どれも週に2回ほど行えば、認知症予防には十分なので、まずは続けることを目標にして習慣化しましょう。自分に合った運動法を探ってみてください」
若返り3:日本食中心で偏らない
身体によくても特定の食材に偏るのはNG
「食生活は、普段から気をつければ認知症予防にもなりますが、おろそかにすれば生活習慣病を招き、認知症の発症リスクが高まります。私自身も認知症予防を研究する一人として、“食”には大いに注目していますね」
一方で、食事と認知症の相関関係は科学的根拠を示すのが難しい、と浦上先生は話す。
「ただ、ひとつ言えるのは、特定の食品や栄養素をたくさん食べれば認知症を予防できる、なんてことはありません。偏りなく、栄養のバランスを意識して食事をとるのが大前提です」
栄養バランスを考慮した食生活として浦上先生がおすすめするのは、地中海式食事と日本食だ。前者の地中海式食事には、認知症予防に関するエビデンスが存在するという。
「地中海式食事法は、全粒穀物を用いたパンや麺類、果物、野菜でビタミンやミネラルをとり、オリーブオイルを毎日たっぷり使用します。タンパク質は、乳製品や魚、脂身の少ない鶏肉でとりましょう。
日本食で使われる食材との共通点も多いので、主食を玄米にしたり、大豆製品を使ったりして、地中海式を和風にアレンジするのも◎。
ただ、従来の日本食は塩分が高いため、そのままの作り方は、高血圧を招いて脳梗塞・脳出血のリスクが上がります。自炊する際は減塩の調味料を使用するなど、“塩分控えめ”を心がけましょう」
認知症対策を意識した食事は、身体の健康維持にもつながるのだ。
お酒はほどほどに!
大量のアルコールは、脳に悪影響を及ぼし、認知機能の低下を招く。加えて生活習慣病など他の認知症リスクを高める原因に。
中年期で、毎日、日本酒1合、ビールの中瓶1本、チューハイ1缶(7%)以上の“過剰飲酒”の人は要注意。
若返り4:生活習慣病を見過ごさない
生活習慣病が進行する先に認知症あり
不摂生が引き金となる糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病は、健康寿命を縮める疾患として知られる。それだけでなく、生活習慣病は認知症発症リスクも高めている。
「これらの生活習慣病のある人は、動脈硬化を起こして血管がボロボロになっていることが多いです。その状態で血圧が急上昇すると、脳出血によって脳機能が失われる『血管性認知症』を発症する可能性があります。
また、脂質異常症や糖尿病になると、血中の血糖値を下げる働きをするインスリンというホルモンの量が減ってしまいます。インスリンは、認知症の原因といわれるアミロイドβタンパク質を処理する働きがあるので、インスリンが減ると脳神経を守る働きが低下して『アルツハイマー型認知症』の発症につながる可能性があります」
生活習慣病と認知症には、深い関わりがあるのだ。
「生活習慣病になってしまった場合は、医師に相談して治療に専念を。もし、特定健診で、生活習慣病一歩手前のメタボリックシンドロームと診断された人は、すぐにメタボ対策を始めてください。
食事のカロリー制限や、運動をしてカロリーを消費するなど、生活習慣を改善すれば、内臓脂肪は落とせます」
メタボは認知症だけでなく、脳卒中や心臓病、腎不全などあらゆる内臓疾患にもつながる危険な状態。たかがメタボと侮らず、今日から対策を取ろう。
若返り5:人と関わり孤独にならない
孤独は脳の刺激を減らすハイリスク生活
年とともに外出がおっくうになったり、人とコミュニケーションを取る機会が減ったりと、社会との距離ができてしまうのはよくあること。しかし、浦上先生は「社会的孤立は認知症の危険因子のひとつ」と警鐘を鳴らす。
「外出すると、脳はさまざまな刺激を受けます。誰かとおしゃべりをすれば、相手の声を聞き、表情やしぐさから内容を理解してその意図を把握したうえで、適切な返事を言葉にして発する。このように、コミュニケーションは脳機能をフル稼働させる行為なのです。
そのため、高齢になって朝から晩まで誰とも会わず、社会から孤立していると認知症リスクは非常に高まります。私も一人暮らしの高齢者の患者さんには、積極的に外に出るようにお伝えしています」
高齢者に孤独は禁物。しかし「長く続いたコロナ禍の自粛生活によって、認知症が悪化してしまった高齢者も多い」と先生。
「当時は『屋外を散歩するなど、感染症を予防しながら外出しましょう』と患者さんにアドバイスをしていました。しかし、お子さんが外出を許してくれないケースが多く、認知機能が低下してしまった方も少なくないです。
やっと以前の生活が戻りつつあるので、外に出て他者とのコミュニケーションを楽しみましょう。地域で実施しているサロンやカルチャースクールなどに参加すると、刺激になって新しい交流も生まれます。認知症の初期は、出無精になる人もいるので、家族や友人が背中を押してあげましょう」
《コミュニケーションが苦手な人は……》
・目標を小さくする
無理をして苦手なことに取り組むとかえってストレスになる。店員さんに話しかける、孫に電話をするなど、少し頑張ればできそうなことから始めて。
・目標達成は“絶対”ではない
「誰かと話さなければならない」と気負わず、「タイミングが合ったら話せるといいな」くらいに考える。
・ペットとのコミュニケーションでもOK
ペットは言葉を話せないので、こちらで察しながら世話をするので脳の刺激になる。ペット型ロボットでも。
若返り6:脳トレを日課にして脳を甘やかさない
無理のない範囲で続ける8つの脳トレ
最後は認知症予防に欠かせない脳のトレーニング。その方法にもコツがある。
「認知症には『アルツハイマー型』や『レビー小体型』『血管型』などの種類があり、それぞれ低下する認知機能にも多少の違いがあり、対策も異なります。
健康な人であれば、下の表にある『近時記憶』や『遂行力』など8つの認知機能をまんべんなく鍛えると、さまざまな認知症リスクの回避につながります。認知機能を刺激するこれらの知的活動を、1人、または集団で行うものをそれぞれ紹介します」
ただし、毎日8つすべての認知機能を鍛えようと気合を入れすぎると三日坊主で終わることも。1日1~2種類にとどめるのがベター。
「下の知的活動の中から、月曜は迷路、火曜は勉強と折り紙など、生活のサイクルに取り入れるといいですね。ある患者さんは、認知機能が低下して、お孫さんとのギクシャクした関係に悩んでいました。
しかし、知的活動に取り組むようになると、お孫さんも一緒にゲームをするようになりコミュニケーションが取れるようになったそう」
家族や友人を巻き込んで楽しく行えるものを選ぶのがおすすめだ。
認知症リスクを上げるも下げるも自分次第
浦上先生は、これまで35年以上、多くの患者と接しながら認知症予防の研究を進めてきた。なかには、認知症対策が奏功し、脳の機能を回復した人も少なくない。
「当初『MCI』と診断された人が、適切な治療と対策を行った結果、正常な認知機能に戻ったり、MCIの状態を10年以上キープしている人もいます。治療を通して“認知症は防げる病だ”という意識はさらに強くなりましたね」
さまざまなメディアで認知症の予防を呼びかけている浦上先生は今、“若年世代”にも目を向けている。
「私が危惧しているのは、デジタルツールの進化による若い世代の認知機能の低下。ツールと上手に付き合えれば問題ありませんが、思い出せない事柄をすぐにスマホで調べていると記憶力が衰え、イヤホンで常に音楽を聴いていると難聴の原因にもなります。
あくまで私の予測ですが、このままデジタルに頼り切りの生活をしていると、認知症の発症が早まるかもしれません。『認知症は高齢者の病気』と思わず、若い人も予防に目を向けてほしいです」
【取材・文/大貫未来(清談社)】