親にはいつまでも元気でいてほしいが、そうはいかないのが現実。しかも、離れて暮らしているとなれば、帰るたびに増す老いに心配を募らせる人も多いだろう。
先々の「介護」を覚悟していても、どう備えたらいいのかわからない、というのが現状ではないだろうか。
介護を焦るよりまずは親を観察
介護に詳しいあおぞらコンサルティングの池田直子さんに話を伺うと、介護の始まりは、大きく分けると3つのパターンがあるという。
「まず、(1)突然、ケガや病気で日常生活が送れなくなるパターン。そして(2)環境の変化や心理的ショックがきっかけで認知機能や体力が衰えるパターン。
(3)加齢により少しずつ認知機能が衰え、身のまわりのことやお金の管理などが危うくなり、部分的に手助けが必要になるパターン。
突然のケガや病気は介護のスタートがわかりやすいですが、ゆるやかな認知機能や運動能力の衰えはなかなか周囲は気づかないもの。親と離れて暮らしている場合は知らぬ間に状態が悪化していたなんてこともあり得ます。
帰るたびに家の中の様子や親の言動をよく観察し、変化を見逃さないことが大切です」(池田さん、以下同)
また、介護する側と介護される側では、介護の捉え方や価値観に開きがある場合も多く、これがスムーズな介護の妨げになることも少なくない。
「子どもの側は『もうそろそろ』と思っていても、親の側は『まだ大丈夫』の一点張り、というのはよくある話。
本当なら、介護が必要になる前から本人の希望などを聞いておけるといいのですが、元気なときは『介護なんてまだ先のこと』といって話を聞いてくれず、微妙な時期になると、介護の話題を嫌う傾向があります」
こちらが心配して介護を焦ると、親がかえって頑なになるなど、親子関係に亀裂が入ってしまうこともある。とはいえ、話し合いなどを避けているうちにあっという間に認知症が進んでしまう場合もあり、介護する側の対応が遅れて取り返しがつかなくなることも。
ある男性のケースでは、認知症の進行が早く、家族が判断を迷っているうちにどんどん症状が進行し、半年後には印鑑や通帳がどこにあるのか聞き出すこともできなくなったという。
「親の様子を見守りながら、情報収集も粛々と進めておきましょう。親の資産や希望する介護の形を聞くことができればベストですが、たとえそれが無理でも、かかりつけ医に連絡をとって身体の状態や治療の経過を把握しておくくらいはできるはずです」
帰省の回数を増やしたり、ひんぱんに電話するなど、コミュニケーションの機会を増やしていけば、親の様子が把握しやすくなり、自然な形で深い話に誘導も。
親が意地を張らず本音を漏らしてくれるようになればしめたもので、必要な情報も集めやすくなる。とにかく初動が肝心。素早く、的確に、がポイントだ。
周りを巻き込み共倒れを防ぐ
来たるべき介護のXデーに備えて、介護する側の態勢も整えておきたい。
「どうしても介護される側にばかり目がいきますが、自分たちの周りを整えることも大事。兄弟姉妹の誰が介護できるのか、どのくらいできるのかなど、介護が始まる前から親の状況を共有し、役割分担して備えましょう」
避けたいのは、ひとりに負担が集中すること。介護は子育てと違い、時間がたてばたつほど大変になることが多い。最初はひとりでこなせても、やがて疲れ果てて、心身を病むことも少なくないのだ。
それぞれの生活があるうえ、家が遠いなど、関わる人すべてが同等に役割を担うことは難しい場合がほとんど。
そのときは「資金支援」や「親の話し相手」、事業者との調整などの「間接的支援」に回ってもらい、どんな形でも介護に参加してもらうのがベター。家族全体で乗り切る態勢を整えたい。
さらに、遠距離介護は、サポートの輪が広がれば広がるほど心強い。親の近くに住んでいるおじ、おば、姪、甥、そして近隣の人。幅広く声をかけてみると、思わぬサポーターが現れることもある。
近所の人に「何かあったらお願いします」と声をかけ、連絡先を交換しておくだけでも、いざというときには心強いものだ。
また、介護を理由にした離職はできるだけ避けてほしい、と池田さんは言う。
「仕事をしながら介護をするのはたしかに大変ですが、介護離職した人の負担感を調べてみると、経済面ではもちろん、精神面や肉体面での負担も増したと感じている人が多いのです。
介護だけの生活は孤独で、経済的な不安などから介護サービスを使わず自ら介護をすると、精神的にも肉体的にも負担が増して親子ともども共倒れの可能性が。また、離職してしまうと今度は自分の老後資金が危うくなる場合もあります」
介護が終わったらまた働くといっても、高齢になってからの再就職はなかなか厳しい。働き方を工夫し、介護サービスをめいっぱい使いながら、介護と仕事を両立させる道を検討してほしいという。
仕事を辞めない介護を実行するためにも、介護の態勢作りはもちろん、勤務先で使える介護支援制度がないかの確認なども忘れずに。
頼りにすべきは地域包括支援センター
本格的な介護は、介護保険制度の介護サービスを受けることで始まると考えていい。
受けられる介護サービスはさまざまあり、一定額の負担で利用できるが、この介護サービスを利用するには、まず要介護度を認定してもらう申請を役所にしなければならない。
なかにはこの介護認定の申請を拒否し続ける親もいて苦労するケースもあるが、いったん申請まで持ち込んでしまえば、よい方向に転ぶこともある。
客観的に支援や介護が必要と判断されることでようやく自分でも状況を受け入れ、その後の介護がスムーズに進む場合もあるのだ。
この段階から書類上の手続きが必要になるが、この申請はどうしたらいいのだろう。
「まずは、親が住んでいる地域の地域包括支援センターに連絡し、要介護認定を受けたいことを申し出てください。詳しい申請方法はすべて教えてくれますし、遠方で難しい場合は代行もしてくれます」
実際に書類を提出するのは役所だが、そこまでの段取りはすべてこの地域包括支援センターがアドバイスしてくれる。
この機関は地域の高齢者の介護・医療・保健・福祉をさまざまな機関と連携してサポートするのが役目。介護が続く限り、綿密に連携をとり、お世話になるものと考えていい。
「介護が始まる前の段階でも、疑問や不安があれば気軽に相談するといいですよ。介護予防の支援も受けられたりします」というから、ぜひフル活用したい。
申請書を提出したら、あとは案内に沿って粛々と対応していけばOK。離れて暮らしている状況をしっかり伝えて、密に連絡をもらう手はずを整えたい。
介護サービス開始までもうひと頑張り
認定は、親の様子を確認するための訪問調査の約1か月後。介護を必要とする度合いに応じて「要支援」「要介護」のあわせて7段階で判定される。この介護度によって使える介護サービスや負担額が決まるのだ。
「要支援の場合は在宅で介護サービスを受けますが、要介護の場合は在宅介護にするか、それが難しければ施設入所も検討する必要があります。ケアマネジャーとよく相談しながら、介護される人に合ったサービスを選びましょう」
ここまでが介護スタートまでの長い道のりだが、池田さんが言うには、「ここがゴールではなく、始まりです。介護は時間を追って変化し、同じ状況が長くは続きません。それを心に留め、柔軟に対応できる準備と覚悟をしておいてほしいですね」。
遠く離れた親を思う気持ちだけでは介護は進まない。具体的な備えと初動が、介護をされる側、する側、どちらも助けることになるのだ。
介護の始まり方3パターン
1.突然パターン
それまでは元気だったが、脳血管の病気や骨折などのケガが元の状態まで回復せず、介護が必要に。突然なので、本人も周りも戸惑いが大きい。
2.きっかけパターン
配偶者や友人が亡くなったり、慣れない土地への引っ越しやショッキングな出来事をきっかけに気力や認知機能が衰えて介護が必要になることも。
3.徐々にパターン【要注意】
加齢によって徐々に認知機能や体力、運動機能が低下し、家事や通院などができなくなるなど、独力では日常生活が困難になり介護へ。変化がゆっくりなので注意が必要。
老親が「何かおかしい…」と感じたら最初にすべき3ステップ
STEP1:親の様子を自分の目で確認
親の「大丈夫」という言葉をうのみにせず、自分の目で親の言動、家の中をよく観察すること。
「この前できていたことができなくなっている」「いつもきれいだったトイレが汚い」など、離れて暮らしているからこそ、前回会ったときと違うことは気づきやすいはず。
変化が見えたら、会ったり、話したりする頻度を増やし、介護スタートの機会をうかがいたい。もし病気やケガがあるなら、主治医から直接状態を聞くなどして、詳細の把握を。また、「介護」とはどんなものなのか、大枠でいいので知っておくこと。
STEP2:介護できる人は誰かを把握
介護される側だけでなく、介護する側の態勢作りにも手をつけたい。兄弟姉妹で親の情報を共有し、介護が必要かどうかの共通認識を持っていれば、スタートもスムーズだ。
実際に介護できる人は誰なのか、どんな役割分担でいくのかもあらかじめ話し合っておくこと。介護は、実際に行えない人でも、資金支援、情報収集や事業者との調整・連絡などの間接的支援はできる。
ひとりに負担が集中しないよう、家族全体で「一緒に介護している」という実感を持てる態勢作りを。
STEP3:要介護・要支援認定の申請を
日常生活が難しくなったら、いよいよ介護のスタート。家族だけで対応せず、一定の自己負担額でさまざまな介護サービスを受けられる介護保険制度を利用するのが基本。
受けられるサービスや負担額は要介護度で決まるので、親の居住地の「地域包括支援センター」に相談し、要介護・要支援認定書を提出し申請する。
手続き方法がわからなくても、地域包括支援センターが段取りを教えてくれ、場合によっては代行も。申請後は訪問調査などで要介護度が決まり、介護サービスの開始につながる。
(取材・文/野沢恭恵 イラスト/幸内あけみ)