長生きはしたいが、老後資金が不安……。だとしたら、身体が元気なうちは少しでも働くことだ。年金に加えてアルバイトなどでいくばくかの収入が確保できれば、豊かな老後が送れるはず──。
生きがいではなく「生きるため」に働く
ところが、実態はそんなに生やさしくはない。介護保険も医療費も上がり続け、年金の受給開始の年齢が引き上げられた今、高齢者は生活の苦しさから、働きたいではなく、働かざるをえないのが実情だ。
高齢者が労働人口に占める割合も年々増え、60~64歳では7割以上、65~69歳ですら約5割がなんらかの形で働いている。働く人が増えたことで高齢者は働きやすくなったのかというと、むしろ逆。
「シニアを取り巻く労働状況は、年々過酷になってきています。それは高齢者の労働災害が増えていることからもうかがえます」と話すのは、労災問題に詳しい「労災ユニオン」代表の池田一慶さん。
第一線を退いた高齢者は、そもそも仕事に就くのにひと苦労。多くはアルバイトやパートなどで、職種もほとんど選べない。仕事にありつけたらラッキーというのが実際のところだ。
高齢になれば、体力、認知機能ともに衰えてくるし、持病を抱えることも多くなってくる。本来なら、心身に負担が少ない仕事が理想的だが、現実は、待遇が悪く、肉体的にも精神的にもきつい仕事でも我慢して働くほかなく、それが労災へとつながっていく。
「高齢になればなるほど、労災が発生するリスクが高まることはデータでもわかっています。事故の種類でいうと、転倒や転落、墜落のほか、機械に巻き込まれたり、挟まれたりという災害が多い」(池田さん、以下同)
ケガだけではない。死亡事故も増加の一途をたどり、近年は年間300人を超えることも。
2年前には茨城で展示車の洗車作業中に熱中症で倒れて亡くなった70代や、介護サービス利用者宅に自転車で向かう途中に車と接触して頭を強打して亡くなった80代のケースも報告されている。
建設や製造などの現場で事故が多発
高齢者の死亡災害が多い業種ベスト3は建設業、製造業、運輸交通業。これらの業種はそもそも、年齢にかかわらず事故が多く危険が伴う業種。高齢者が働くとなれば安全への配慮がほしいが、現場ではそうはいかない。
「高齢者だから配慮されるどころか、動けないほうが悪いという考え方。『おせーよ、じじい』、『ぐずぐずするな!』といった罵詈雑言を浴びせられることも多く、ハラスメントに近いことが行われています」
高齢者の労災死亡事故で記憶に新しいのが、令和4年に起きた「三幸製菓」の工場火災だろう。
従業員2人のほか、アルバイト清掃員の女性4人が亡くなったが、女性たちの年齢は、73歳、71歳、70歳、68歳といずれも高齢。深夜勤務時に工場で起きた火災に巻き込まれて命を落としたのだ。
アルバイト従業員だった彼女たちは、避難訓練には参加していなかったようで、勤務時間も生産状況しだいで規則的ではなかった。高齢者が深夜に、しかも不規則な条件で働いていたという厳しい現実が浮き彫りになったわけだ。
火災は不幸なことだったが、体力の衰えた高齢者が犠牲になった事実は消せない。
高齢者の労災死亡が多い業種トップ3
1位:建設
いわゆる肉体労働で、重いものを運んだりする場合の身体的ダメージが大きいほか、重機による事故や高所の現場での転落、墜落も多い。
2位:製造
工場での機械操作で、挟まれる、巻き込まれるなどの事故が起きやすく、大きなケガや死亡事故となりやすい。作業のスピードについていけないケースも。
3位:運輸交通
人材不足による過酷、劣悪な労働環境が常態化している業界。睡眠不足による運転での事故、荷物の積み降ろしによる事故なども。
もらえるものももらわない……
たとえ労災にあったとしても、労災認定が下りればまだまし。本来なら正規であろうが、非正規であろうが、労働者はすべて労災保険に加入しているので、労災申請して認定されれば、さまざまな金銭的補償が受けられる。
ケガの治療費全額や仕事ができない場合の休業補償、障害が残る場合は障害年金、万一死亡した場合は遺族年金などがそれにあたる。雇い主の落ち度が大きい場合は損害賠償を請求できるケースも。
だが、高齢者の労災では、その申請にすらたどり着けないことが珍しくない。
「下請け業者で労災が起こると元請けの親会社に切られたり、大きな現場では仕事が止まったりする。つまり、仕事を円滑に進めるためには、労災が起こっては都合が悪いわけです。
だから、労災は出さない、つまり申請しないという暗黙の共通認識が漂っている業界もあります」
はっきりと「申請するな」と言われるわけではないが、空気を読んで労働者自らが断念するケースが多いのだという。
「職場の空気を悪くしたくない、会社に迷惑をかけたくないなどの理由で諦めてしまうんです。もともと日本は、過労死や長時間労働が長く問題視されてきたように、安全よりも利益を重んじる風潮がある。そこにメスを入れるのは難しいのです」
家事は労働じゃない?労基法の落とし穴
国から労災認定が下りず、7年にもわたって裁判が続いている例をひとつ紹介しよう。
当時68歳の女性が、寝たきりの高齢者のいる家に1週間泊まり込み、24時間にわたって介護や家事をした。そして仕事が終わった翌日、低温サウナで意識を失い亡くなった。夫は過労死の労災認定を求めたが、労働基準監督署はこれを認めなかったため裁判を起こした。
24時間拘束されて1週間働き続けるという過酷な労働状況だったのにもかかわらず、なぜ認定は下りなかったのか。
それは、労働基準法は「家事使用人には適用しない」と明記されているからだ。たとえ他人の家庭の家事を請け負ったとしても、家庭の中の家事労働は対象とならない。
それでは家事代行サービスで働く場合はどうなのだろう。
「会社に雇われて各家庭に派遣される場合は労基法で守られますが、各家庭から直接個人が請け負った場合は守られない。
また、家事代行業者が入っていたとしても、実は雇い主にはなっていなくて、個人同士の委託契約だったという場合もある。働く際は注意する必要があります」
家事は人の暮らしになくてはならないものであり、スキルも必要な立派な労働だ。高齢の女性が働きやすい職種でもあるのに、こうした不利益がまかり通っているのだ。
「働けるだけいい、と思って自らは声を上げにくいのが高齢者。周りの人や家族が注意して、少しでも無理や危険の兆候が感じられたら助けに入ってあげてください。自分たちだけでは対応が難しい場合は、私たちのようなユニオンに相談するのも手です」
命のために働いて命を失ってしまっては本末転倒。命だけは取り戻すことができないのだから。
【労災ユニオン問い合わせ先】03-6804-7650(平日17~21時/日祝13~17時受け付け、水土休み)
(取材・文/野沢恭恵)