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 台風や豪雨など、昨年も多くの災害に見舞われた日本列島。

移動困難で逃げられなかった高齢者が多数

《豪雨で断水。失禁もある母の世話が大変だけど、大雨の中、避難するなんて無理》

《地震で津波注意報が発令されたが、足元がおぼつかない父をどう移動させたらいい? 車は使っちゃダメよね?》

 これらSNSの声に代表されるように、介護中の場合、災害時の避難や生活には大きな困難が生じる。

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 いざというとき、命と暮らしを守るための対策を高齢者や障害者の防災に関する情報を発信している防災介助士インストラクターの冨樫正義さんに教えてもらった。

「2011年3月11日に発生した東日本大震災で、犠牲者の6割以上を占めていたのが、60歳以上の高齢者。一方、死因は9割以上が溺死で、津波発生時に高い場所に逃げられなかった高齢者が多数、犠牲になったことがわかります」(冨樫さん、以下同)

 中には、親族が救助に向かい避難を呼びかけたものの移動が困難で、目前で波にさらわれたケースもあるという。

「早めに避難することで、このような悲しい事例は減らせるはず。そのために普段から災害に備えて準備を整えておきましょう」

 そこでまず確認したいのが、自治体の防災情報。

「自宅や近隣の地域にどんなリスクがあるか知っておくことはとても大事。自治体が作成しているハザードマップには、洪水や土砂崩れなどの発生が予測される場所、避難所、避難経路などが示されているので必ずチェックしておきましょう」

 その上で、自宅から避難所へのルートを下見しておくとよい。ちなみに災害時に皆が車で移動すると大渋滞が発生して、身動きがとれなくなるため、基本的に「移動は徒歩で」が大前提。

「普段から移動に困難がある人には酷な話ですが、だからこそ事前に下見しておくことが重要。思わぬところに段差があったりするだけでなく、災害時にはエレベーターが止まったり、狭い道路に人が押し寄せたりすることも考えられます。

 こういった災害時ならではの事態も想像しながら見て回るといいでしょう」

 平常時に避難の障壁となるものをチェックすることで、よりスムーズに移動できるルートや手段が見つかる可能性も高まる。

「マンションの3階に住んでいる車いす使用者は、自治会にかけあい、1階に車いすを設置してもらったそう。災害時にエレベーターが止まったら、介護者がおんぶで1階に移動。そこから設置した車いすで避難するプランを立てている、とのことでした」

避難所の下見ではトイレをチェック!

 できれば、避難所も下見を。

「避難所には、近隣の小・中学校の体育館や教室があてられるケースが多いのですが、インターネットなどを見ても学校のバリアフリー状況の情報はないことがほとんど。

 熊本地震の際、私が訪問した避難所は体育館入り口にスロープはあるものの、その周囲は砂利で、車いす使用者が自力で移動できない環境でした。

 中には、避難所に到着してから『ここにバリアフリー設備はないので、○○に移動してください』と利用を断られるケースも。そうなると避難が遅れ、命に関わる事態になりかねません」

エレベーターなどは動かなくなることを想定して避難経路を確認する ※写真はイメージです

 選挙などで学校を訪れる機会があれば、避難時を想定して設備などをチェック。特にトイレはいまだに和式がある学校もあるので、バリアフリートイレの有無とその場所が確認できればなおよい。

「一般の避難所で過ごすことが難しい場合、支援が必要な人向けに開設される福祉避難所に避難することもできます。ただし、いったんは一般の避難所に行き、受け入れ態勢が整い次第、福祉避難所に案内されるケースなど、災害発生直後は利用できないことがあります。

 ですから下見の結果、一般の避難所で過ごすことが明らかに難しいと思われた場合、事前に避難先について、ケアマネジャーや自治体の福祉窓口に相談することをおすすめします」

 避難が困難な人を支援する自治体の制度で、ぜひ活用したいのが「避難行動要支援者名簿」。

「これは自力での避難が難しい人を事前に名簿に登録。災害が発生したら、民生委員や消防機関など定められた地域の支援者が、支援の必要な人に声かけや避難の誘導をする仕組みです。

 老老介護をしている人やひとり暮らしの高齢者は登録しておくと、非常に心強いはず。自ら申請・登録しなければならないので、希望する人は自治体に問い合わせてみてください」

 一般的な防災対策と同様、避難生活に必要なものはすぐ持ち出せるように、まとめておくと安心。

「懐中電灯やラジオ、電池など“一般的な防災用品”に加えて、高齢者の“日常生活に必要なもの”“健康管理に必要なもの”をそろえておきます。例えば“日常生活に必要なもの”は、老眼鏡や補聴器、入れ歯、杖(つえ)など。

 “健康管理に必要なもの”は、薬と水、お薬手帳、健康保険証、紙おむつ、マスクなどが考えられます。これらを整理してリュックなどに入れておきましょう」

 万全な準備をしても、高齢者が1人で留守番しているときに地震などの災害が起こる可能性も。このような不測の事態に備えてできることは?

「外出前にご近所や民生委員など地域の人に見守りを依頼するといいでしょう。そのために日頃からコミュニケーションを取り、頼める関係を築いておくことが大切。地域の防災訓練や自治会の集まりには積極的に参加しましょう」

警戒レベル3は避難開始の合図

 災害発生時に命の分かれ目となりやすいのが避難するタイミング。

「自治体から発令される避難情報には5段階の警戒レベルがあり、一般の人は警戒レベル4の“避難指示”で避難を開始します。一方、高齢者・障害者とその支援者向けに発令されるのが、警戒レベル3の“高齢者等避難”。

 レベル3を避難準備と勘違いしている人は案外多いため、移動に時間のかかる人が避難を始めるタイミングであることを知ってほしいと思います」

 台風や水害などでは、避難情報が出る前に自主的に移動するのも賢明な選択。

「テレビやラジオの気象情報をチェックすれば、災害の規模や発生する時間帯はある程度わかります。暴風雨の中、避難するのは難しいですから、悪天候になる前に介護施設や遠くの親戚宅、宿泊施設などに移動できればいいですね」

 避難先で起こりがちなトラブルも知っておきたい。

「認知症の人は状況が理解できず、避難所から家に戻ろうとすることがあります。名前と連絡先がわかるものを身につけてもらっておくことは普段からされていると思いますが、避難所の責任者や周囲の人に『認知症なので、1人で歩いていたら教えてください』などと協力を求めておくといいでしょう」

 東日本大震災で高齢者などが多数犠牲になった教訓を踏まえて、支援が必要な人の避難のバーチャル体験ができる施設も誕生している。

「例えば東京都品川区にある“しながわ防災体験館”は、避難行動要支援者のケアを考える非常に珍しい防災館。車いすで悪路を通る体験などができるので、お近くの人は防災対策を考えるきっかけとして足を運んでみては」

ケアマネジャーや、近隣の人たちとは普段からコミュニケーションを取っておく ※写真はイメージです

介護家族のいる家庭で気をつけたいこと
□自治体が作成しているハザードマップなどをチェック
□自宅から避難所へのルートを下見しておく
□避難所のトイレやバリアフリーの情報を収集
□避難行動要支援者名簿に登録しておく
□日常生活に必要なものと健康管理に必要なものを整理
□近隣の人とコミュニケーションを築いておく
□一般の人より早い警戒レベルで避難を開始する
□避難所では認知症の人がいる場合、責任者や周囲に伝えておく

冨樫正義●防災介助士インストラクター。サービス介助士、防災介助士、認知症介助士などを認定・運営する団体「公益財団法人日本ケアフィット共育機構」のインストラクターとして、年間50社以上の企業対象研修を担当

取材・文/中西美紀