大病をすると薬代、手術代以外にもさまざまな出費がかさむ。入院となり、ICU(集中治療室)に入ることになれば24時間、患者の健康状態をチェック。
その費用とともに、点滴などの医療処置にかかる費用、ベッド代、入浴代なども含んだ入院基本料を支払わなければならない。
入院時自己負担額は“1日2万3300円”
入院基本料は健康保険が適用されるため、実際には1~3割負担ですむが、それ以外の食事代やパジャマ代、テレビ代などは自己負担となるのだ。
6月からは初診料、再診料、入院基本料が引き上げになる。例えば入院時の食事代の一例をあげると、1食30円上がって490円になり、1日分は1470円。その他の費用も合わせると、入院中の自己負担額は1日当たり平均2万3300円以上にも上るという。
入院せずとも一生、治療を続けなければならない病気も多く、お金がかかり続けるかもしれないことを肝に銘じたい。
当然ながら、病気ごとに治療法や処方薬は異なる。だからこそ病名の特定のためにさまざまな検査が実施されるのだが、〈不必要な検査をしているのでは〉〈薬が多すぎる〉と疑う患者も少なくないとか。
「これが特に目立つのが若い世代。インターネットで得た情報と実際の費用が異なると『自分が調べた金額より高い』と怒る人までいます。
しかし、医師は医学の知識とこれまでの経験と目の前の患者から得られた情報を考えあわせ、必要と思われる治療を行います。
特に専門医の薬の調合は考え抜かれたレストランのレシピのようなもの。この薬とこの薬を服用すれば症状が改善する、という長年の経験から編み出された組み合わせでできています」
と話すのは医療アドバイザーの御喜千代(みきちよ)さん。反対に医師まかせになりがちなのが、高齢世代。
「年を重ねると生活習慣病やがんなどにかかりやすくなりますが、これらの病気は思わぬ大金がかかることがあります。
『治療については先生におまかせします』と言われる人も多いのですが、治療費については、急な出費にあわてることなく必要な治療を受けるために、普段から病気ごとにかかる金額を知り、備えておくことが大切です」(御喜さん、以下同)
近年は超高齢社会の加速で医療費が増大。健康保険制度の存続が不安視されていた。そこに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染症の拡大。
検査代やワクチン接種などは公費で賄われていたが、財源には当然限界があり、莫大な予算がつぎ込まれたツケは必ず回ってくる。
この状況では健康保険料の現行の3割負担を維持するのが難しくなり、医療を受けたくても受けられない人が増大する、と御喜さんは話す。
検査費用の確認は病院の事務窓口に
適切な治療には病気の特定が必要不可欠、つまり検査を正しく行わなければならない。しかし、
「今まで無料だったのに有料なら受けたくないという感覚がある。物価も上がり生活水準も落とさざるを得ない状況もあると思いますがやはり、“削るところはそこじゃないでしょ”と感じる場面もありました」
家族がコロナで自分も発熱などの症状が出始め、コロナ検査を希望した患者がいた。数百円ほど検査料が上がるけれど、インフルエンザも流行しているので一緒に検査をしたほうがよかったが、支払いをしたくないということで、検査を拒否。
「結局、この患者さんはコロナ陰性で再度の検査により、インフルエンザと診断されました。2度の検査となり、より高い医療費を払うことになったのです」
これは一例だが、自身の判断や節約意識で病気の判明が遅れたり、逆に支出増となってしまうケースがある。
「検査費用について疑問に思うことは、病院事務の方や窓口に確認を。医療費は治療費、検査費、薬代などの合計なので、それらすべてを医師や看護師は具体的な金額まで把握していません。
命の危機管理をケチらず、もし治療が必要になった場合に、適正に受ける。そんな心がけで賢い患者をめざしましょう」
【がん】手術後のアフターケアにもお金がかかる
今は日本人の2人に1人ががんにかかる時代。死ぬまでにがんになる確率は、男性で66%、女性で50%というから決して人ごとではない。
「女性ならではの意外な出費といえば、ウィッグ。しかし、たいていの患者さんが必要となってから、いろいろ探しています」
がん治療で生じる脱毛に推奨されるのは、医療用ウィッグ。
「荒れたりかぶれたりしないように、やわらかくアレルギーを起こしにくい素材で作られています。その分、価格は高額なものだと30万円ほどするものも。装着するうちに汚れますから、洗髪するのと同様に洗い替えも必要で、支出は倍になります」
医療用ウィッグをどこで買えばいいのかわからない人のために、ほとんどの場合、病院にはパンフレットが準備されている。それを見て購入する人が多いのだが……。
「実は一般的なおしゃれ用のウィッグでも代用が可能です。それならかかる費用は数万円ということも。遊びにいくときはコレ、授業参観はコレと場面ごとに使い分けて、おしゃれを楽しんでいる方もいます」
医療用ウィッグは〈医療用〉という名前がついているものの、健康保険の適用にならないばかりか、医療費控除も対象外。それならアレルギーなどには十分に注意しつつ、市販のおしゃれ用ウィッグを試すのもあり。
ただし自治体により助成がある場合があるので、住んでいる自治体に確認するとよい。
乳がんの手術自体も情報を知っているか知らないかで金額が変わることがあるそう。
「乳がんでがん摘出手術を受けた場合、健康保険適用による乳房再建手術が可能です。基本的な流れとしては、まずがんを切除する手術があり、病状が落ち着いたら、胸にシリコンを入れるところを作る2度目の手術を行います。
その袋が定着したら、最後にシリコンを入れる3度目の手術が実施されます」
このやり方では3回手術を受けることになるが、それだけ費用が高くなり、身体に与えるダメージも大きくなる。
「そのため近年は考え方が変わり、1度目のがん摘出手術の際、組織拡張器も同時に入れる病院が出てきています。
乳がんの状況によって、1回でできない場合もありますが、それなら手術は2回ですみ、手術費が抑えられるのはもちろん、身体の回復も早まります」
ちなみに乳がんでは、乳房再建手術をしたかしないかにかかわらず、専用ブラジャーが必要となる。
傷口を守る手術直後用のブラジャーは3000~5000円程度。術後の経過が落ち着いたとき用のブラジャーは4000~1万円程度。洗い替えのために複数枚必要となるので、これも予算に入れておくとよい。
乳がんだけでなく、他のがんも手術後のアフターケアで意外な費用が必要。
「胃がんで胃を全摘すると、しばらく食事がとれなくなります。ですから、その間をしのぐ液体状の高カロリーの栄養機能食品などにお金がかかります」
大病後は、買い物などもままならなくなる。そこで宅配やネットスーパーを利用することとなるが、これが一生涯続く可能性があるのが肺がん。
「肺は肋骨(ろっこつ)の中に存在する臓器。そこで肋骨を1本とり、そこから内側に手を差し込んでがんを切除する手術が行われることが。その場合、手術後も骨を戻しませんから、患者さんは肋骨が1本ない状態となります」
その結果、腕に力が込められず荷物が持ちづらくなるそう。
「自分で買い物に行くのが難しくなりますから、宅配やネットスーパーが役立ちます。ITが苦手な高齢者の場合は料金はかかりますが買い物代行を頼めればいいです」
【糖尿病】食事制限で楽しみもお金も奪われる
「生活習慣病の中で、糖尿病は最もお金がかかる病気。経過観察や投薬治療ですんでいるうちはいいのですが、それで改善が見られなければ、1日数回のインスリンの皮下注射などが必要となります。
また、血糖値を自分で検査する場合、それらのキットにもお金がかかります」
さらに怖いのが合併症。その一つである糖尿病性腎症になり腎不全まで病状が進めば、腎臓の代わりに機械で血液をきれいにする人工透析が避けられない。
「現在、人工透析を受けている理由で、最も多いのが糖尿病性腎症。透析は週3回、1日に4時間ほどかかり、それを一生続けなければなりません」
透析を受ける場合、1か月に40万円程度の医療費がかかるが、高額療養費制度により、幸いにも患者の負担は1万~2万円。ただ、週3回病院に通う交通費の負担はやはり重い。
「旅行も行こうと思えば行けますが、旅先で透析を受けられる病院を手配するなど準備が大変。費用がかかるだけでなく、手間も時間もとられることになります」
普段の生活を送るだけでも、お金の負担が生じる。
「糖尿病で何よりつらいのが食事制限ではないでしょうか。自分で食事を作る場合、薄味を心がけねばならず、非常に味気ない食事となります。調理が面倒なときもスーパーのお惣菜は買えませんから、市販の糖尿病向けのお弁当を利用することに。
その場合、味つけに工夫はなされているでしょうが、普通のお弁当が500円のところ、糖尿病食は700円というケースも。1食分は200円の差でも、利用する回数が増えれば、その額は膨大になります」
糖尿病の場合、運動療法も推奨されている。
「ウォーキングなどを自力で行う場合はもちろん無料。ただ自力では継続が難しく、スポーツクラブなどで指導を受けることで続けられた、という患者さんもいます。その場合、月1万円ほどの料金がかかります」
【心筋梗塞・脳卒中】大がかりな手術で費用がかさむ
命に関わる病気といえば、心筋梗塞や脳卒中。手術代や治療費もかなりの高額だ。心筋梗塞の場合、1割負担なら17万8000円だが、2割負担になれば35万6000円に。
入院日数も長くなるため、出費もかさむことを覚悟しなければならない。
「心筋梗塞の場合、医師が3人にナースと麻酔医が加わる大がかりな手術を行います。手術中はいったん心臓を止めて、その代わりに循環を維持する機械などを使用。手術費が高くなるのはある意味、当然といえます」
脳卒中でもこれは同じ。
「脳の手術の場合、医療用のドリルで頭蓋骨を開けて手術するため、非常に時間がかかります。
手術後、おでこに医療用ネジが出たままとなるケースもあり、この場合は普通の生活が送れるように、それを取り除く手術を行いますから、二重に手術代がかかるのです」
麻痺が残った場合、機能回復を目指してのリハビリも必要に。
「ですから、脳卒中は手術後の治療費もかなりかかります。一方、心筋梗塞は一般的に術後、薬でコントロールすれば、日常生活が支障なく送れるのが強み。とはいえ、心筋梗塞も脳卒中ももともとは血管の病気で、弱い部分が詰まったり破れたりしただけ。
生活習慣を改めることなく、暴飲暴食や運動不足の生活を続ければ、またいつ血管が詰まってもおかしくありません」
病気になれば大金がかかる可能性も。
お金の準備とともに、生活改善による“予防”も心がけたい。
「医療費を抑えるためにも、かかりつけ医をおすすめしたいです。昔はその家庭のおじいちゃんもおばあちゃんも看取った先生がかかりつけ医をしていたので、そういう先生は、その家の食の好みや運動習慣もよく知っている。
診断が正確ですし、患者さんのちょっとした変化にも気づきやすいので、結果的には医療費の節約につながります」
ステージ3A大腸がん患者Aさんの治療の流れと自己負担額の推移
【1か月目】約90万円(3割負担で約27万円)
・大腸がん切除手術(入院)
【2か月目】約37万5000円(同約11万3000円)
・mFOLFOX6療法を2サイクル 約27万円
【3か月目】約27万円(同約8万1000円)
・mFOLFOX6療法を2サイクル 約27万円
【3か月合計】約154万5000円(同約46万4000円)
お話を伺ったのは……御喜千代先生●ジョンソン・エンド・ジョンソンで外科、産婦人科を中心に新しい手術の開発やトレーナーを経て、コミュニケーション業界に転じてからも医療面の活動に尽力。著書『病気の値段がわかる本』(アスコム)がある。
※75歳以上の人等で一定以上の所得がある人(厚生労働省HPより)
取材・文/中西美紀