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 人生100年時代といわれている現代。いつまでも健康で若々しくいたいと、病気やケガを予防するため日常的に運動をしているシニアも多い。

健康のための運動のはずが!

 厚生労働省の国民健康・栄養調査報告(令和元年)によると、1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上継続している70歳以上の割合は、男性42.7%、女性35.9%と国民全体の平均よりも高いという。

「適度な運動は基礎体力の維持や、ストレス解消など心身共に健康で過ごすために大切ですが、いきすぎた運動でかえって大ケガをしてしまうシニアも少なくありません」

 そう話すのは、元整形外科医で自身も日常的に筋トレに励んでいるという櫻井夏子先生。

「歩きすぎてひざを痛めたり、筋トレで肩を痛めて整形外科を受診するシニアの患者さんも多くいました。中には、お孫さんが生まれたことを機に体力をつけたいとウォーキングを始めたけれど結果的にひざ関節を負傷したという患者さんも……。

 高齢者は一度ケガで運動ができなくなると、一気に筋力の低下が進むので、注意が必要です」(櫻井先生、以下同)

 最近ではジムに通って本格的な筋トレにいそしむシニアも。日本のボディビル大会では昨年から「85歳以上級」が新設されるなど、達者なお年寄りも増えている。

 一方で、「高齢者のフィットネスクラブ等での事故が増えている」という消費者庁の呼びかけもあり、健康意識が高まる裏で“思わぬケガ”を負うリスクも高まっているのだ。

消費者庁「フィットネスクラブ等における高齢者の事故(事故件数の推移)」令和2年発表を基に作成

シニアは運動による骨折リスクに要注意

 では、シニア世代が運動によって負ってしまうケガにはどのようなものがあるのか。

すべての運動に共通してリスクがあるのが、“骨折”です。私が診察した患者さんの中には、ジムでエクササイズをしていた際にカーペットで足を滑らせてしまい、勢いよく右手をついたところ手首の骨を骨折してしまった方がいました。

 高齢になると筋肉や骨の身体機能が弱くなり、バランス感覚も低下するので、運動中に骨折するリスクが非常に高くなります

 高齢者がフィットネスジムで負ったケガで、一番多く報告されているのも骨折。広背筋を鍛えるマシンで胸を押しつけて両手を動かす運動を行ったところ、6日後に胸骨が骨折していると判明した60代女性のケースもあったという。

「特に女性は閉経後、女性ホルモンのエストロゲンの分泌量が減ることで骨密度が低下しやすく、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)になっている人も多いです。

 日本の50歳以上の女性の3人に1人は骨粗鬆症になるといわれているので“自分の骨も弱くなっている”という認識をしっかりと持って、転倒のリスクがある運動は避けるのが良いと思います。

 骨粗鬆症の方が転倒して尻もちをつくと、背骨がつぶれたように折れてしまう圧迫骨折の危険も」

 骨折に次いで注意をしたいのが、“ひざ”を痛めてしまう運動だという。

「健康寿命に大きく関係するといわれている部位は足腰。自分の足で生涯歩けることで、老後の生活の質は格段に上がります。そのため下半身の筋肉や足腰を鍛えようと、間違ったスクワットや長距離のウォーキングをしてひざに負荷をかけてしまう人も多いのです」

 筋肉や骨密度が加齢によって低下するように、ひざなどの関節にある軟骨も年齢と共に弾力を失い再生しづらくなっていく。

加齢で弱ったひざに負荷をかける運動をすると、ひざの靭帯を損傷するケガにもつながります。また、女性だとダイエットのためにウォーキングをしている人もいるかと思いますが、肥満の人はひざにかかる負担が大きく、クッションの役目を果たしている軟骨を余計にすり減らしてひざ痛を引き起こします。

 50代、60代で無理な運動をしてひざに負担をかけて、60代後半、70代になったときには手遅れ……というのは避けたいですね」

まずは自宅でできる簡単トレーニングを

 健康ブームにあやかって、いきなりジムに通い始めてしまうシニアも少なくない。

「基本的なことですが、持病のある方は必ずかかりつけ医に相談をして、ジムでの運動は問題ないのか確認してください。心機能に異常がある人、血圧が高い人はもちろんですが、整形外科にかかっている人も必ず確認を」

 整形外科でも、特にリハビリ施設を兼ねている病院だと、理学療法士が丁寧に自分に適した運動について教えてくれるため安心だという。

 また、ジムのトレーナーに、自分の疾患をきちんと伝えることも大事。トレーナーがあまり常駐していない、コンビニジムもシニアの筋トレ初心者にはおすすめできないと、櫻井先生の夫で日本フィットネス医学協会代表の坂上翔一郎さんは言う。

「例えば、広背筋などの背中の筋肉に効くので姿勢が良くなりますよと『ラットプルダウン』という機械をすすめられたとします。ですが、このマシンでは両手を大きく広げ、身体の上にあるバーを思い切り引く運動をします。

 肩関節痛、いわゆる五十肩で肩の関節が硬くなっている人がやると、症状の悪化につながることも。事前に自分の疾患をしっかり伝えて、その部位を痛めるマシンや運動は避けてもらう必要があります」(坂上さん)

シニア世代の競技人口も増え、ボディビル業界も健康シニアの取り込みにアツい視線を送る

 では、シニア世代が健康寿命を延ばすために安全に始められる運動はあるのか。

「ひざ立ちスクワットが、転倒のおそれもなく、ひざへの負担も少ないのでおすすめです。大腿四頭筋という太ももの前面にある筋肉と、お尻の筋肉も鍛えられるため、高齢者の下半身の筋トレに最適です」(坂上さん)

 また、この運動は尿漏れ対策にもなると櫻井先生。

「膀胱や子宮を正しい位置に保つ骨盤底筋という筋肉があるのですが、加齢と共に衰えやすく、尿漏れの原因に。ひざ立ちスクワットではこの骨盤底筋も鍛えられます」

シニアの運動がもたらすリスク

骨折

 高齢になると骨密度の低下から、骨折のリスクが高まる。運動全般において注意が必要。特に転倒のおそれがあるものは避ける。

ひざ(靭帯損傷、半月板損傷など)

 ひざに負担をかける過度なウォーキングや、間違ったフォームで行うスクワットで、加齢により強度が落ちた靭帯、半月板を損傷する可能性が。

肩(靭帯損傷、腱板断裂など)

 ダンベルを持ち上げるなどの運動で肩関節に負荷をかけると、肩関節の周りにある筋肉と骨をつなぐ腱(けん)が断裂してしまうことも。

1日10回「ひざ立ちスクワット」

 ひざを痛めず転倒のリスクなく下半身強化!

1日10回「ひざ立ちスクワット」

(1)正座の姿勢になる

 後頭部に両手を添えて正座の姿勢をつくる。姿勢が悪くならないよう、視線は斜め上に。

(2)ゆっくりとひざ立ちになる

 上体が前傾姿勢にならないようにしながら、ゆっくりとひざ立ちになる。かかとにつかない程度までゆっくりとお尻を下ろす。1、2を10回繰り返す。

櫻井夏子先生●整形外科医・美容外科医。NEXUSCLINIC勤務。順天堂大学医学部附属順天堂医院にて整形外科に携わり、その後美容医療へ。メディア出演も多数。

教えてくれたのは……櫻井夏子先生●整形外科医・美容外科医。NEXUS CLINIC勤務。順天堂大学医学部附属順天堂医院にて整形外科に携わり、その後美容医療へ。メディア出演も多数。