「夜間に3回以上、トイレに起きる人は、2回以下の人の2倍も死亡率が高いというデータがあります」
と話すのは、順天堂大学医学部教授の堀江重郎先生。スウェーデンで高齢者の集団を6年にわたり調査した結果、示された衝撃的なデータだ。
頻尿が2回、3回と増えてきたら注意
「就寝中に1回以上、トイレのために起きる症状を〈夜間頻尿〉といいます。日本人の調査では、50歳以上では半数以上、60歳以上では約8割以上が夜中に1回はトイレのために起きていて、夜間頻尿そのものは寿命に関わるような問題ではありません。
一方で寿命を縮めるような病気になると、その症状の一つとして夜間頻尿が起こりやすくなります」(堀江先生、以下同)
夜中に1回程度だったトイレが、2回、3回と増えてきたときは、注意したほうがよさそう。
「一般的に正常とされる排尿の回数は、1日に5~7回。ですから夜間頻尿だけでなく、日中に8回以上、トイレに行きたくなる〈頻尿〉にも、やはり何らかの病気が隠れている可能性があります」
要は、昼夜問わずトイレに何度も行きたくなるのが問題ということに。
「しょっちゅうトイレに行きたくなるのは、膀胱(ぼうこう)からしなやかさが失われているから。年を重ねると膀胱が硬くなり、以前ほどおしっこをためておけなくなります。その結果、頻繁にトイレに行きたくなるのです。
ここで問題なのは、膀胱のしなやかさと血管のしなやかさには密接な関係があること。夜間頻尿や頻尿がひどくなったときは、膀胱だけでなく全身の血管も硬くなっていると考えられます」
血管が硬くなる〈動脈硬化〉が進むと、脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まる。また動脈硬化の一因である高血圧は、心臓に大きな負担をかける。夜間に3回以上トイレに起きる人は、これらの病気である可能性が高いため、寿命が短くなると考えられる。
「頻尿に糖尿病が絡んでいることもあります。糖尿病になると血液中の糖の濃度が高くなるため、それを一定にするために細胞の水分が血液に取り込まれます。その結果、血液の量が増えて、通常より尿量が多くなるのです。
さらに多尿になると体内の水分が不足。のどが渇いて水分をたくさんとることに。そうなると尿量がますます増え、頻尿もひどくなる悪循環に陥ります」
糖尿病が進行すると、重度の腎障害などの合併症が起こるため、これもまた寿命を縮める要因となる。
ただし女性の場合、多いのは頻尿や夜間頻尿の背景に“過活動膀胱”があるケース。
「過活動膀胱とは、我慢できないような強い尿意が、就寝時も含めて一日にたびたび起こる症状をいいます。主な原因は、膀胱の血流が低下して、膀胱の神経が傷ついたり筋肉が硬くなったりすること。
膀胱のしなやかさが失われるだけでなく、傷んだ神経から分泌される物質により、ちょっとした刺激で膀胱が収縮。我慢できないような強い尿意が生じるのです。この場合は、たとえどれだけ一日の排尿回数が多くとも、寿命には影響がありません」
過活動膀胱になると、尿を漏らす尿失禁も起こりやすくなる。我慢できない尿意や失禁の不安があれば、外出を控えることになりがち。命には関わらないとはいえ、人生の楽しみを損ねる深刻な症状であるのは間違いない。
週女世代の女性に多い、もう一つのおしっこの悩みが腹圧性尿失禁。
「これは咳(せき)やくしゃみをしたときや自転車をこいだときなど、おなかに力が入った瞬間に少量の尿が漏れる症状。
女性の身体は構造的に尿道を締める筋肉が弱く、膀胱や尿道を支える骨盤底筋群も出産や加齢によって衰えやすいため、尿道の締まりが悪くなり、おなかに力が入った瞬間に尿が漏れてしまうのです」
毎日意識!尿の状態チェックリスト
□色
□泡立ち
□にごり
□におい
□排尿時の痛み
□排尿困難・残尿感
毎日の尿はここをチェック
おしっこに関する悩みの背景には何らかの病気が隠れていることがわかるが、尿そのものの状態からも病気の有無は判断できる?
「尿は身体の状況を映し出す鏡。とはいえ、小さな変化に神経質になりすぎるのは精神衛生上よくないです。ではどんな状態のときに、どれくらい気にしたらいいのか? ポイントごとに紹介します」
【色】
尿の色は水分濃度によって変わるので、濃い尿が出たくらいで気にする必要はなし。ただし鮮血のような赤やピンクっぽい色、紅茶のように茶色っぽく赤みがかった尿は、血尿と考えられる。何らかの病気の可能性があるので、迷わず病院へ。
【泡立ち】
勢いよく排尿した場合、泡立つのが自然なので、ほとんどの場合、気にする必要はない。ただし、以前より泡立ちが多くなり、それがしばらくしても消えない状態が毎日続くようなら尿タンパクや尿糖が出ている可能性も。
病院で尿検査を受けることをおすすめする。
【にごり】
透き通っているのが健康な尿。白濁している場合は膿(うみ)が混じり、腎盂(じんう)腎炎や膀胱炎が起こっている可能性が。この場合、排尿痛や腰・背中の鈍痛、発熱、頻尿など他の症状も見られることが多いので、泌尿器科を受診するとよい。
一方、白っぽい浮遊物が混ざっているのは、女性の場合、生理的なもので問題なし。
【におい】
においは飲み食いしたものに左右されるので、通常と違うにおいがしてもほとんどの場合、問題がない。ただ糖尿病が進行すると、尿から甘い香りがすることも。
また泌尿器に炎症や化膿(かのう)があると尿が悪臭を放つが、その場合、尿がにごるなど他の症状も現れる。この場合、念のため受診を。
【排尿時の痛み】
女性は膀胱炎の可能性が高く、ほとんどの場合、感染症のサインなので受診を。
【排尿困難・残尿感】
おしっこの出にくさや尿が残っている感覚は、ほとんどの場合、加齢によるもの。ただし、排尿痛や血尿、失禁、わき腹や背中の痛みもある場合、膀胱炎や膀胱結石が原因の可能性もあるので、早めに病院へ。
軽い運動で尿ライフが快適に
おしっこに関する病気の治療法として、一般的なのは投薬治療。
「例えば女性に多い過活動膀胱なら、膀胱の神経過敏を抑える薬、漢方薬などが処方されます。近年は磁気を骨盤周囲に当て、急な尿意を起こりにくくする治療法も開発されています」
過活動膀胱や尿失禁、頻尿、排尿困難、残尿感に関しては自分でできることも。
「これらの症状は、膀胱の筋肉がしなやかさを失うことが一因。そこで衰えた膀胱の筋肉を動かすトレーニングを行うと、症状の軽減に役立ちます。
といっても、膀胱の筋肉そのものは意図的に動かせませんから、下腹部や太もも、体幹の筋肉を鍛えるといいでしょう。それで膀胱の筋肉も間接的にストレッチされ、柔軟性が高まります」
具体的には、体幹を鍛えるプランク、下半身を鍛えるスクワット、あおむけに寝て膝を立てた体勢で肛門の筋肉に力を入れて10秒ほど引き締める骨盤底筋体操などを実践するとよい。
「旭川医科大学で行われた研究でも、運動習慣は尿トラブルの改善に役立つことが実証されています。その研究では、800人の参加者が3か月間、週に1度、1時間半程度のレッスンに参加。
参加者が行ったのは柔軟体操などの軽い運動ですが、それだけでも過活動膀胱や頻尿の症状が軽減しました。運動は生活習慣病の予防にもなりますから、ぜひ取り組んでみてください」
毎日取り入れたい「快尿食」
十分にためて、スッキリ出し切るという“快尿”は食事も影響する。
「快尿を促す成分の主役は、一酸化窒素の材料となるアルギニン、シトルリンです。一酸化窒素は膀胱に柔軟性を与え、気持ちいい排尿を与えてくれます」
アルギニン、シトルリンを多く含む食品を意識して、積極的に摂取したい。
「アルギニンは多くのタンパク質食品に含まれます。肉類であれば、鶏ムネ肉、豚ヒレ肉、牛モモ肉など。エビやホタテ、イワシなどの魚介類にも多く含まれます。それから種子類、豆類などにもアルギニンを多く含む食品はあります。
一方で、シトルリンを多く含む食品は、主にウリ科の植物に限られる。中でも“シトルリンの王様”といえるのはスイカ。単独で食べてもよいですが、組み合わせで食べるとなおよしです。例えばゴーヤチャンプルー、スイカと豚肉の炒め物などは最強です」
快尿食に加え、サプリメントや漢方薬を服用するのも一つの方法。泌尿器科を受診した際にでも医師に相談してみてもよいだろう。
和式トイレは好都合!排尿時の体勢は“横綱の土俵入り”
膀胱炎の原因菌(大半が大腸菌)は、たいていは外尿道口から侵入する。膀胱炎は圧倒的に女性がかかりやすい感染症。女性の身体は尿道が短く、外尿道口から入った菌が膀胱にまで侵入しやすい。
そこで、“横綱の土俵入り”のように、足を大きく開いて便座に座ると、お尻と外尿道口の距離が離れ、菌の侵入を防ぐことができる。和式トイレのときのようにしゃがむのは好都合。
女性の4倍!男性も気をつけたい膀胱がん
膀胱がんは、50~70歳に多く発症し、女性より男性のほうが4倍ほども罹患率が高いがん。膀胱がんは、化学物質によるがん。喫煙のほか、加工肉に使用される化学物質ががんリスクを高める一因と考えられている。
膀胱がんは多くの場合、初期に血尿が出るので、1度でも血尿が出たら、迷わずすぐに病院へ。
尿活トレーニングで尿トラブルを予防、軽減!
・スクワット
下半身を鍛えるスクワットを朝と晩に10回くらいずつ。足腰を強くしつつ快尿にも
・肩甲骨エクササイズ
1時間から数時間に1度くらいのペースで肩甲骨をグーッと背中の中心に向かって引き寄せる
・骨盤底筋体操
床の上にあおむけに寝て、ひざを立て、その状態で肛門の筋肉に力を入れて、10秒ほど引き締め
・肛門エクササイズ
肛門をギューッと5秒間くらい締めて緩める、というのを10回ほど繰り返し
・尿道エクササイズ
トイレに入ったときに3~5秒間、排尿を我慢するというのも有効
・プランク
うつぶせの状態でひじをつき、時間は30秒程度。足はつま先立ちがつらかったら、ひざも床について行う
・ウォーキング
背筋をピンと伸ばし、腕を大きく振り、大股で、息が上がらない程度に早歩きで歩く
お話を伺ったのは……堀江重郎先生●泌尿器科医、医学博士。2012年より順天堂大学大学院医学研究科泌尿器科学主任教授。順天堂医院泌尿器科長。腎臓病・ロボット手術の世界的リーダーであり、科学的なアプローチによるアンチエイジングに詳しい。日本抗加齢協会理事長、日本メンズヘルス医学会理事長。近著に『尿で寿命は決まる 泌尿器の名医が教える 腎臓・膀胱 最高の強化法』(SBクリエイティブ)。
取材・文/中西美紀