健康管理のために受ける、年に1回の健康診断。血圧やコレステロール値が高めだと指摘された場合、食事で減塩に励んだり、肉を控えたりして数値を下げようとするのではないだろうか。
数値の下げすぎが危険な病気を招く
ところが、30年以上にわたって高齢者医療に携わり、多くの患者を診てきた医師の和田秀樹先生は、60歳をすぎてからの健康診断では、数値が高めでも気にしなくてよい項目があると話す。
「検査結果の数値が基準値を超えているからといって、必ずしも病気ということではありません。むしろ、数値を下げることばかりを考えて極端な食事制限をしたり、薬を常用して数値を下げすぎたりすることで、健康を損ねるおそれがあります。
数値が高ければ薬を飲んで下げるのが当たり前だと考える人が多くいますが、高齢になったら健康診断の見方を変えるべきです」
健康診断で特に指摘されることが多い血圧やコレステロール、血糖値。
これらが高いと動脈硬化などが進み、脳卒中といった深刻な病気のリスクが上がる。若い世代や中年世代は気をつけたほうがよいが……。
「動脈硬化が進むいちばんの要因は加齢です。60歳をすぎたら誰でも動脈硬化がある程度は進み、70代は過半数が中等度以上の動脈硬化になっていますので、年をとればそれらの数値は高くなりやすくなります。下げすぎのほうが要注意です」
例えば血圧。高齢になると血管が老朽化して狭くなり、強い圧をかけて血液を巡らせる必要があるので血圧が高くなるのは自然な現象だ。
「個人差はありますが、150台でもそれほど気にする必要はないと思います」
注意すべきなのは、高血圧で血圧を下げる薬を飲んでいる場合だと指摘する。
「血圧を下げる降圧剤には、頭痛やめまい、腎機能の低下といった副作用がありますが、高齢者が最も注意すべきなのは、薬の服用による意欲や活力の低下です。意欲が低下すると、外出するのが面倒になって家にこもるケースが増えます。
そのような生活を続けていると運動不足で筋肉が落ち、筋肉量と筋力の低下が急速に進むサルコペニアという状態に陥ってしまいます」
サルコペニアは悪化すると、日常の身体活動を維持する力が弱まり、フレイルという衰弱状態を招く。
「フレイルは、いわば要介護状態の一歩手前。降圧剤を飲み続けて家にこもる生活は、寝たきりの時期を早めることにつながります。降圧剤を服用する場合は血圧を下げすぎないように気をつけるべき。
自分の身体の状態を把握し、医師に相談して薬の種類や量を調節しながら、血圧をコントロールすることが大切です」
ただし、脳動脈瘤(りゅう)がある場合は話が違う。
「脳に動脈瘤があって血圧が高い人は、動脈瘤が破裂して、くも膜下出血を起こす危険があります。血圧を高めで維持したい人は脳ドックを受けて調べておくことをおすすめします」
コレステロールが心身の活力を生む
中高年女性が健康診断でひっかかりやすいコレステロール値。そもそも、女性は閉経すると女性ホルモンの分泌が低下するため、コレステロール値が高くなりやすい。
「日本の健康診断でのコレステロールの基準値は男女差による違いはあまり考慮されていません。そのため閉経後の女性は、健康診断の数値が少し高い程度でも脂質異常症と診断され、薬が処方されているケースをよく見かけます。
しかし、その程度の女性に薬を処方しているのは日本くらい。欧米では女性に薬は不要と考えられています」
コレステロールは身体に悪いという印象が強いが、本来は人間の身体にとって必要なもの。筋肉、血管、肌など、多くの細胞にコレステロールが使われている。コレステロールが少ない高齢者は、髪がパサつき、肌もカサカサになりやすい。
また、体内で傷ついた血管の修復や、筋肉痛の際に壊れた細胞を再生させるときにもコレステロールが使われている。
コレステロールが多く含まれているからと卵などを控える人がいるが、食事でとってもたいしてコレステロール値は変わらないことがわかっている。
高齢になると体内のコレステロールの多くは身体を維持する働きに使われるので、数値が少し高いくらいなら元気で長生きするためにコレステロールを含む食品を積極的にとるべきだという。
コレステロールは身体にとって大事!
卵、いか、うなぎ、子持ちししゃもなどにはコレステロールが多く含まれている。コレステロールは細胞膜をつくるなど大事な栄養素なので、60歳をすぎたら気にしすぎないほうがいい
血糖値ちょい高めで危険な低血糖を防ぐ
血糖値が高いと気になる、糖尿病のリスク。空腹時血糖値は100mg/dl以下が正常域、100台の中盤以降は要注意とされている。しかし和田先生は、高齢者は基準よりやや高めにコントロールするほうがよいと話す。
「血糖値を高めに維持する目的は、低血糖によるトラブルを防ぐことです。低血糖は、めまいや震えのほか、最悪の場合は死亡することもあり大変危険です。
近年の研究では、高血糖薬の効きすぎなどで高齢者が低血糖発作を何度も起こすと、アルツハイマー型認知症のリスクが高まるとわかってきています。高齢者は数値が上がることよりも、下がりすぎるほうが危険なのです」
血糖値がかなり高い状態であれば薬の必要があるが、さらに食事を制限しすぎるのは要注意。
「糖尿病は血糖値が上がる病気と思っている人がいますが、糖尿病は血糖値が動きすぎることに気をつける必要があります。糖尿病の高齢者は血糖値が変動しやすいので、薬に加えて食事でも糖質を制限して数値を下げようとするのはおすすめしません」
やせ型は死亡リスク高!ちょい太めで健康長寿
一方、健康診断の結果で気にしたほうがよい項目は、肥満度を表すBMI。基準値は18.5から24.9とされ、18.5未満はやせ型、25から30だと軽度の肥満とされて減量をすすめられる。
やせ型であれば問題ないと思いがちだが、実は、高齢者のやせ型は死亡リスクが高い。
「宮城県で行われた大規模調査では、BMI18.5未満のやせ型の人は、やや太めの人よりも6年から8年短命だということがわかっています。高齢者はやせると筋肉量が落ち、体力や運動機能が低下して、転倒や骨折につながります。
やや太めであることは栄養状態がよいことの証しです。やせぎみの高齢者は、少しでも体重を増やすよう、しっかり栄養をとってください」
また、血液中のタンパク質の濃度を測ったアルブミン値が低いのも要注意。
「アルブミンは、肝臓でつくられるタンパク質の一種です。この数値が低いのは、栄養不足の兆候。肝障害がある場合も数値が低くなりますが、それはまれなケースです。60歳をすぎた女性にとって、低栄養は万病のもと。
筋肉量の低下による骨折のリスクの増加や、免疫力の低下につながります。糖質や脂質を制限せず、栄養バランスを考えながら食事を楽しむことも大切です」
実は気にしなくていい数値
【高血圧】
基準範囲は収縮期血圧(上の血圧)120mmHg未満/拡張期血圧(下の血圧)80mmHg未満。上が130台を超えると要注意、さらに140mmHg/90mmHg以上になると高血圧と診断されるが、高齢者は150台でもそれほど気にしなくてよい。
【高血糖】
健康診断の空腹時血糖値は99mg/dl以下が基準値。126mg/dl以上の場合、糖尿病予備軍や糖尿病の可能性が高い。高すぎる場合は薬を使って血糖値をコントロールする必要があるが、基準値より少し高め程度であれば心配はない。
【高コレステロール】
LDL(悪玉)コレステロールの基準値は120mg/dl未満。140以上の場合は脂質異常症と診断される。下げる薬が処方されることがあるが、高齢者はコレステロールが低いほうがフレイルのリスクが高くなるので服用してまで下げる必要はないという。
実は要注意な数値
【低BMI】
BMIは身長と体重から算出される肥満度の指標。18.5〜24.9は正常範囲、18.5未満または25以上の場合は要再検査や生活改善を指導される。高齢者は18.5未満のやせ型を指摘されている場合は要注意。少しでも体重を増やすよう、糖質や脂質を積極的にとったほうがよい。
【低アルブミン】
全身の栄養状態の指標となる数値。基準値は3.9g/dl以上で、低い場合は栄養不足が疑われる。食事量が減りやすい高齢者は、低栄養状態になりやすいので注意が必要。自覚症状を感じにくいので、健康診断にこの項目があれば必ずチェックしておきたい。
教えてくれたのは……和田秀樹医師●東京大学医学部卒業。「和田秀樹こころと体のクリニック」院長。近著に『60歳すぎたら血圧は下げなくていい』(永岡書店)、『「健康常識」という大嘘』(宝島社)。
取材・文/保田真代