出産などにより骨盤底筋を支える筋肉や靱帯が弱くなり、子宮や直腸が膣から垂れ下がる「骨盤臓器脱」。出産経験のある人の4割が発症するといわれる。「単に不快なだけでなく、便秘や頻尿などを引き起こすことも。しかし、恥ずかしさから受診が遅れるケースが多いのです」と泌尿器科医は語る。
中高年の女性にはポピュラーな病気
お風呂に入っていると、股の間から“何か”が出て、触るとピンポン玉のようなものが……それは子宮や膀胱、直腸など本来は骨盤の中に収まっているべき臓器で、膣から外に出てきてしまう「骨盤臓器脱」かもしれない。
「中高年の女性には案外、ポピュラーな病気です。日本での骨盤臓器脱の統計データはまだないのですが、明らかなものは全女性の約1割程度、軽い症状だと約半数といわれています。臓器がずっと出ているわけではなかったり、『挟まっている感じ』がする別の病気であることも」
と語るのは、婦人科と泌尿器科が専門の医師、二宮典子先生。
骨盤内の臓器は骨盤の底にある筋肉や靱帯でできた「骨盤底筋群」が支えているが、加齢などの影響で緩み、ふとしたタイミングで膣から臓器がはみ出してしまう。
「基本的に痛みはなく、命に関わる病気ではありません。ただ、常に股の間に異物感があって歩きにくかったり、出てきた臓器がこすれて痛みを伴ったり、排尿や排便がしづらくなることも。悪化すれば朝は平気でも夕方には重力に引っ張られ、膣から常にはみ出してしまうという人も多いです」(二宮先生、以下同)
特に50~60代の女性が発症しやすいのには訳がある。
「閉経して女性ホルモンのエストロゲンが少なくなると、筋肉量が減り、骨盤底筋が臓器を支えきれなくなるんです。軽症の方まで含めると2人に1人は『下がっている』可能性があるといわれています」
骨盤臓器脱の種類には、子宮が出る「子宮脱」、膀胱が出る「膀胱瘤」、直腸が出る「直腸瘤」などがある。
この中で日本人女性に多いのは膀胱瘤と子宮脱が同時に起きるケース(上図参照)。膀胱が外に出るのに引っ張られ、子宮も下がってくるのだ。このタイプは、頻尿と尿漏れが大きな特徴で、長年の排尿習慣が関係している。
「みなさん、尿ってどうやって出していますか? 尿は本来、身体の自然な反射で勝手に『出る』もの。でもトイレを早く済まそうと急いだり『出そう』という意識が強いと、腹圧をかけて押し出してしまう。長年、それを続けていると膀胱がどんどん下がってきてしまい、膀胱瘤になるリスクが高まります」
和式トイレは尿を「自然に」出しやすい作りになっているが、洋式トイレではそれがしづらいそう。
「身体の構造上、洋式の座り方だと膀胱側に腹圧がかかりやすい。だから、尿を出すときは自律神経の働きにより、自然に出るまで待ったほうがいいんです。忙しくても、おしっこが出る1~2分を惜しまないでほしいです(笑)」
妊娠経験がある方は誰でも骨盤臓器脱になるリスクが
直腸が出てしまう直腸瘤も排便習慣が影響している。
「特に便秘がちの人、便が硬い人は排便のときに強くいきみ、腹圧を強くかけると臓器を押し下げてしまうんです」
なお、骨盤臓器脱は、妊娠や出産経験があると、なりやすいというデータがある。
「妊娠により骨盤底筋は大きなダメージを受けるので、妊娠経験がある方は誰でも骨盤臓器脱になるリスクがあるといえます。特に2回以上経膣分娩をしている方は高リスク。また、純粋な子宮脱に関しては遺伝が影響します。母親がそうであれば、娘にも起きる可能性が高い。その人がもともと持っている骨盤底筋のコラーゲンの強さなども関係しているようです」
命に関わるものではないが、こすれた臓器が感染症を起こしやすくなったり、排便や排尿がしづらいなど、生活の質に大きく影響するため、放置は禁物だ。
「外に出た臓器を中に押し戻してくれるクッション付きのショーツがあります。これは膣口が開いた状態で、単に押し込むだけという感じなので『下がってくる感じが気になる』『たまに出る』程度の比較的軽めの方向きです」
子宮の中に「ペッサリー」という器具を入れて、下がってきた臓器を膣内に押しとどめる方法もある(下図参照)。
「子宮の中に入れれば膣の入り口は閉じるので、症状によってはこちらのほうがおすすめです。まず受診して合うサイズを決め、その後は1~3か月ごとに受診して洗浄や着脱をする必要があります」
違和感が気になるときは、出てきた臓器を指で押し込んでもいい。むしろ出しっぱなしにしないことが大切だ。
「触るときは清潔な手で。性生活も戻した状態で普通にして大丈夫。膣の出口が開いている状態に慣れると元に戻りづらくなり、重症の場合は一時的に押し戻してもすぐ出てきてしまいます」
根本から治すには、手術が推奨されている。現在は、膣を縫い留めたり、弱った膣壁をメッシュで補強したり、下垂した臓器を仙骨に縫い留める手術が主だ。
「手術を膣から行うか、お腹から行うか、方法も2種類あります。日常生活に支障がある際は検討を。どの手術を選ぶかは、患者さんの症状やライフスタイルを見て相談しながら決めることが多いです」
子宮脱は病院選びにもポイントがあるそう。
「泌尿器科や婦人科ならどこでも大丈夫ですが、産婦人科だとお産で混み合っている病院も。婦人科に特化していたり、泌尿器科と婦人科を合わせた『ウロギネ科』がベストです。ホームページに骨盤臓器脱の記載があれば、その分野に力を入れていることが多いので、チェックしてみて」
意識して鍛えることで予防したり、何かしら症状がある人も進行抑制はできる。
「最も手軽なのは、座るときに両膝をきちっと閉じること。これだけで骨盤底筋の筋トレになります。それと、1か月に5kg以上落とすようなダイエットは骨盤底筋をやせさせてしまうのでNGです」
毎日を快適に過ごすため、「あれ?」と思ったら、予防や治療に取り組もう。
二宮典子先生 二宮レディースクリニック院長。診療は婦人科、泌尿器科を中心に女性の健康を幅広くサポート。性にまつわる相談しにくい困り事などについて解説するYouTubeチャンネルも人気。