舛森(ますもり)悠先生は総合診療科で働く医師。北海道で70~100歳の患者さんたちを中心に診療をしている。総合診療科とは聞き慣れない名称だが、限定的でなく、多角的に診療を行う部門として、日本では近年少しずつ増えている科だ。
「他の専門医とは違って、特定の疾患や臓器に限定せず、あらゆる病状を診ています。仕事や人間関係、食生活も含め、患者さんが抱える健康問題について幅広く対応しており、ここで9割は解決できます。
僕が勤務する病院のある函館は漁師町で塩分の多い食事を好む傾向がありますが、高血圧からの心疾患、がん患者が多いのです。“病気になった”という事実だけでなく、その背景など患者さんとコミュニケーションをとりながら診察をしています」(舛森先生、以下同)
患者との対話から問題解決のヒントを得ることも多い。
「治療はもちろん大切ですが、これまでたくさんの高齢患者さんを診てきて、病気を完治させることだけがゴールではないと気づきました。
その過程で、その人なりの“ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に満たされている状態)”の叶(かな)え方を、共に模索しています」
一生健康は“無理ゲー”人生の目標を持つべき
健康情報があふれる現代。自身の身体のためと、あれこれ頑張る人も多い。
「健康に注意して生活することはいいことです。でも、そこを追い求めすぎると、老いを感じたり病気になった時点で人生に後ろ向きになってしまう……。
一生健康でいるというのは難易度が高い、いわゆる“無理ゲー”なんです。一番大事なことは頑張りすぎずに、上手に、ごきげんに老いることです」
身体を大切にすることと同じぐらい、自分が何を大事にして、どうやって生きていきたいのかという目標を持つべきだと舛森先生は語る。
医師の立場として日々さまざまな診察をする中で、患者さんからヒントを得た“こんなふうに年を重ねたい”と思える、老いない生き方とは。
対話、診療で見えてきた、人それぞれの“老いない生き方”
舛森先生が診察する8割以上は70歳を過ぎた患者。何かしらの症状を抱えつつも、そのパワーに圧倒されることも多く、医師の見地を超えて「へえ!」「なるほど!」と思うこともしばしば。実際の対話から生まれた、無理せず、健やかに生きることへのヒントをご紹介。
老いない生き方(1):運動よりもおしゃべりが若さの秘訣
おしゃべり大好き80代女性Wさんが教えてくれたこと
「スポーツクラブへまじめに通ってひとりで黙々と運動するよりも、その場に居合わせた方とおしゃべりをする方のほうが介護リスクが低くなったという研究報告があるんです」と舛森先生。
主治医として受け持つ80代の女性患者について興味深いエピソードを話してくれた。
女性は地元で開かれている運動教室に参加するものの、膝が悪いために運動がほとんどできない。しかし教室へ出かけ、手伝いをしたりおしゃべりをするのが何よりも楽しみで、友達と積極的に出かけるアクティブな人だ。
このような一見なんの健康効果ももたらしていないような行動が、実は元気の源だと舛森先生は語る。
「社会参加や人との接点が少ないと、認知症発症のリスクが50%も上がるというデータもあります。運動しよう!と思い詰めず、誰かと出かけておしゃべりをする程度の感覚でスポーツクラブへ通うことでも、結果的に運動したことと同じになるんです。おしゃべりは万能薬ですね」
老いない生き方(2):「禁煙」「禁酒」「禁甘」より人生を優先する
酒屋の3代目男性Kさんが教えてくれたこと
身体を壊したことで医師からお酒やタバコ、甘い物などを禁止されることがあるが、舛森先生は健康のためとなんでもかんでも禁じてしまうと、生きる楽しみまで奪ってしまうと指摘。
「まずは健康や病院との距離感、お薬との付き合い方を知ってもらった上で、『自分はこれでいいんだ』という幸福感があるかどうか、が大事なんです。『健康のためなら死んでもいい』なんて冗談もありますが、自分が楽しい、幸福だと感じることを支えているのが健康です」
身体に悪いところがない健康な状態だけが必ずしも幸福というわけではなく、さまざまな状況を抱えながら幸せに生きている人もいる。
「糖尿病の男性患者さんで毎日の晩酌を楽しみにしている酒屋さんがいます。仕事柄お酒が大好きです。ですから、禁酒させるのではなく、お酒を楽しみながら元気に仕事を続けられるようサポートしています。
本人が人生で何を大切にしているのかを酌み取って治療することも大切。特定のものを禁止することで身体の一部が悪くなることは防げるかもしれません。でも、それで人生の幸福度を損なってしまっては、元も子もない。
健康になろうと頑張りすぎてつらい、と感じたら立ち止まって考えて。とはいえ過度なことは厳禁!かかりつけ医に相談してみてください」
老いない生き方(3):健康習慣は頑張るよりも楽しむが勝ち
運動嫌いな70代女性Iさんが教えてくれたこと
運動が健康にいいのはわかっている、だけどなかなか続かない……という人は多い。舛森先生の患者に、「運動は好きじゃない」と言いつつ、夫婦でパークゴルフを週3楽しむ女性がいる。これも立派な「運動習慣」だ。
「医学を6年学んで、運動が健康にいいとわかっている僕でも、運動習慣を身につけるのは難しい(笑)。毎朝ウォーキング、ジム通いなどと理想ばかり追わず、大事なのは『ちょっとでもやる』こと。
好きなことを楽しんで、結果的に“いつの間にか運動になっている”ことが理想です」
老いない生き方(4):薬が薬を呼ぶ。飲みすぎは本当に危険
1日30錠もの薬を飲んでいた70代後半女性Yさんが教えてくれたこと
1日30錠、計15種類の薬を飲む70代後半の女性が「症状が改善するどころか悪化している」と相談に来たことがあったそう。
「各専門の医師は症状を解決しようと薬を処方するのですが、それぞれが連携していないと、副作用があったり、逆効果になってしまう薬を処方されてしまうこともあるんです。
副作用に対する薬を処方して、また副作用が出たら新しい薬を……となる状態を『処方カスケード』と言いますが、この女性もそれでいくつかの薬をやめたところ、症状が改善しました。
『ちょっと薬の量が多いかな?』と思ったら、かかりつけ医にお薬手帳を見せて、相談してみるとよいと思います」
老いない生き方(5):高血圧の薬を飲むなら森林浴を
登山大好き70代後半女性Dさんが教えてくれたこと
以前は高血圧の薬を処方されていた登山が趣味という患者さんは、現在は薬なしで血圧が適切な範囲でとどまっているという。
「森林の効果についてはまだ研究段階ですが、香りの成分が直接脳に届いて血圧を低下させ、健康効果をもたらすという研究結果は出ています。
ジムで歩くより、森の中を歩くほうが明らかに副交感神経が優位になって、リラクゼーション効果を感じるのでおすすめです。
また森林環境は抑うつや不安症状を改善するという報告もあります。山や森まで遠いという方は、近くにある公園などの緑を楽しんでみてください」
老いない生き方(6):好きな趣味があれば認知症も怖くない
麻雀大好き認知症のHさんが教えてくれたこと
「認知症にだけはなりたくない」という人は多い。
「でも、いくら一生懸命予防をしても長生きするほどリスクは上がります。『いずれは認知症になる』と思って、なった後のことを考えてみることも大事」と舛森先生は考える。
「80歳で認知症の診断を受けた男性の楽しみは、週1のデイサービスで大好きな麻雀をすること。“認知症になったら何もわからなくなる”わけではありません。昔覚えた記憶は呼び戻せる。つまり、昔から好きな趣味を楽しむことはできるのです」
その楽しみが生活の活力になることは間違いない。
「認知症に対して悲観的にばかりならず、夢中になれる趣味を見つけておきましょう」
老いない生き方(7):医師がすすめても「がん検診」はやめていい
夫を看取った80代女性Kさんが教えてくれたこと
胃カメラなど苦痛を伴うこともあるがん検診。舛森先生は、がん検診を受け続ける必要性に疑問を呈する。
ある80代後半の女性は『これまでの人生に満足しており、たとえ病気になったとしても治療より自分の好きなことをして過ごしたい』と、20年続けてきた定期検診をやめたそう。
「環境、年齢の変化で検査への考え方はおのおの変わります。苦痛を伴う検査や治療に時間とお金を費やすよりも、がんでも楽しんで過ごすという選択肢もあるわけです」
老いない生き方(8):病気の悪化予防には社会とのつながり
糖尿病で通院していた70代後半男性Aさんが教えてくれたこと
糖尿病が悪化したという男性の患者さん。
「生活習慣が変わって症状が悪化したそうで、事情をよく聞くと、奥様が亡くなってしまったと。“いつお迎えがきてもいい”と、生きる気力を失っていました。
実は『孤独はタバコ1日15本分のリスク』というデータがあり、社会とのつながりがなくなってしまうことは健康に良くないんです。
孤独で家にひきこもっていると死亡リスクが2.19倍にも高まるというデータもあります。でもまた新しく社会参加できれば、元どおり健康になることもあるんです」
このAさんは、入院するほど症状が悪化したものの、囲碁サロンを紹介するとメキメキ回復されたのだとか。
「薬の処方、食事や生活指導でもなく、囲碁を通じた社会とのつながりが健康をもたらしたといえるのです」
社会参加は大事だが、楽しくなければ逆効果になってしまうので注意とのこと。無理せず、自分が居心地の良いコミュニティーを見つけて!
教えてくれたのは……総合診療科医師・舛森 悠先生●自身の祖父を診てくれた総合診療科医の影響を受け医師を目指す。予防医学や、心理社会問題、介護、福祉の分野にも精通し、その活動を発信している。2023年に、地域の人たちと医療者のつながりを深める「はこだて暮らしの保健室」を開設。著書に『総合診療科の僕が患者さんから教わった70歳からの老いない生き方』(KADOKAWA)がある。YouTubeで「Dr.マンデリン」として健康情報を配信。
取材・文/成田 全