「私が乳房再建した最高齢は91歳の女性です。再建したあとに温泉に行った写真を送ってくださって、本当に喜んでいらっしゃいました」
と話すのは、30年以上前から乳房再建を手がけ、クリニック開業後の20年間で6000人以上の乳房を再建した形成外科医の岩平佳子先生だ。
91歳、もう一度おっぱいが欲しい
70代の始めごろに乳がんによる乳房摘出手術を受けたこの患者さんは、以来20年近く、「このままじゃ温泉に行けない」と嘆いていた。そのうち温泉仲間が一人また一人と亡くなり始め、まだ一緒に行く仲間がいるうちに……と再建に踏み切ったという。
「この女性は乳がん手術から20年近くたってから再建しましたが、何年たっていようと再建することは基本的に可能です」(岩平先生、以下同)
つまり乳房再建はいくつになってもできるということ。もう一度おっぱいが欲しいという希望は、何歳になってもかなえられるのだ。
乳房の再建には、背中の筋肉やお腹の脂肪などを移植して乳房を作る方法と、人工物のシリコンを入れる方法の2通りがある。
筋肉や脂肪などを使った自家組織による再建は血の通った温かいおっぱいが作れる一方で、どこも悪くない背中やお腹を切除するため身体への負担が大きく、1~2週間の入院が必要となる。
これに対して人工物による再建は、身体への負担が軽く回復が早いメリットがあり、日帰りでの手術も可能だ。ただし触った感じが冷たく、人工物を入れることへの抵抗感が強い人も少なからずいるという。
どちらの方法にせよ、乳房再建には保険が適用されるが、実は日本での再建率はわずか10%足らず。韓国は50%を超え、アメリカも40%近いから、日本の再建率の低さが際立っている。これはどうしてなのか。
「私がアメリカに留学していた1990年代前半には、患者さんが70歳でも80歳でも、医師が再建するかどうかを患者さんに必ず聞いていました。ところが日本の、特に男性の医師は、再建をすすめるのは60代までと決まっているのかと思うくらい、70歳以上の患者さんには再建するか聞かないんです」
日本では、暗黙のうちに年齢によって線引きされる傾向があり、高齢の患者さんは再建したくても自分からは言い出しにくいのだ。
「今では乳腺外科医の理解もかなり進みましたが、私が乳房再建を始めた30年前は、『もう結婚してるんだから再建しなくていいでしょ』とか、『再建するならがんがどうなっても知らないよ』と言う先生も中にはいらっしゃいました」
もちろん、乳房再建ががんの再発を誘発することはないし、人工物のシリコンも厚生労働省が認可したものを使用していれば、乳がん検診に支障をきたすことはない。
「乳房を切除すると、温泉などで人目が気になるだけでなく、身体の左右のバランスが悪くなるとか、摘出した側のブラジャーにパッドを詰めると、夏場に蒸れたり外出先で落ちそうになるなど、パッドの煩わしさを訴える人も多いです。
片方の乳房がないことによる、こうした不便さやつらさが理解されにくく、美容整形に近い感覚で受け止められ、『いい年をして色気づいて』など、乳房再建を色眼鏡で見る風潮が依然としてあるようです」
再建はしたものの満足できない場合も
人工物による再建では、シリコンを入れる前に、大胸筋の内側にエキスパンダーという袋を挿入し、そこに定期的に生理食塩水を注入し、6~8か月かけて縮んだ皮膚を伸ばしながら膨らませる。そうして反対側の乳房とのバランスがとれたところで、エキスパンダーをシリコンと入れ替えて再建が完了する。
「人間の皮膚はゴムと同じで、いったん伸びてもすぐに元に戻ります。それを伸ばしたまま、なるべく縮まないようにするのがエキスパンダーの役割です。
左右のバランスがとれた乳房を作るためには、シリコンの大きさや形をどう選ぶかも大事ですが、それ以前に、エキスパンダーを正しい位置に挿入し、時間をかけて膨らませることが、より重要なんです」
エキスパンダーの挿入位置が上にズレたりしてしまうと、シリコンを入れても上ばかりが膨らみ、大きさも位置も反対側と大きくズレた乳房ができあがる。それでは温泉に行っても人前で裸になるのがためらわれ、再建した意味がない。
中には、医師に不満をもらしても「ペッタンコじゃないからいいでしょ」と取り合ってもらえないケースもあるというから驚きだ。
一方、人工物による再建以上に医師の“センス”が問われるのが自家組織による再建だ。
「移植に成功して血管はつながっても、あんぱんのようなかたまりがただ胸にのっかっているだけで乳房のように見えないとか、胸の大きい人で、明らかに自家組織だけでは足りないのに手術を強行し、反対の胸と大きさが極端に違うなど、左右のバランスがとれたきれいな乳房とは程遠いケースもあります」
岩平先生のもとには、他院で乳房を再建したものの、とても満足できないという患者さんが訪れ、こうした再建の修正も手がけている。
「人工物は取り出せば元に戻りますが、自家組織の場合はそうはいきません。最悪の場合は移植した組織を取り除き、改めて人工物による再建を行うことになり、腹部や背中の傷だけが残ってしまうこともあります」
こうしたトラブルを避けるための病院選びについて、岩平先生は次のようにアドバイスする。
「大学病院や有名どころの病院がいいとは限らないので、病院の名前で選ばないこと。こうした病院は行くたびに医師が変わることもあります。やはり、この人なら信頼できると感じた医師が責任を持って担当してくれるところがいいですね」
再建は乳がん手術と同時に行うことも、期間を空けて行うこともできる。同時に行う一次再建は手術が1度ですみ、麻酔から覚めても胸の膨らみがなくなっていないので、喪失感を味わわずにすむメリットがある。
乳がん手術から期間を空けて行う二次再建では、ゆっくり時間をかけて再建手術に向き合い、術式の検討や病院選択ができる点がメリットだ。
「一概にどちらがいいとは言えませんが、乳がんといわれて命が助かるかどうかというときに、再建のことまで考えるのはかなり大変です。乳がん手術後に抗がん剤などの治療を終えてからでも再建できることは覚えておいてください」
おっぱいを作ればファッションも変わる
「再建が始まると、エキスパンダーにお水を入れてだんだん膨らんでくる時点で涙を流して喜ぶ人もいます。無事に再建を終えると9割以上の人の表情が明るくなり、身に着ける洋服の色まで変わってきますよ」
気になる費用は、人工物による再建の場合、健康保険を使い高額療養費を申請すれば自己負担は10万円程度。入院が必要な自家組織による再建はもう少し高くなる。左右のバランスをとるために反対側の胸をつり上げたり大きくしたりする手術や、再建のやり直しは自費となる。
「乳房再建は、乳がん手術後の喪失感や不便を解消し、前向きに生きるための治療の一環だといえます。何歳になろうと、再建を望むならためらう必要はありません」
理解不能!医師の信じられない一言
「再建するなら、乳がんがどうなっても知らないよ」
「結婚してるんだったら、今さら乳房はいらないでしょう」
「ペッタンコじゃないんだから、いいでしょ」
教えてくれた人……岩平佳子先生●形成外科医。東邦大学医学部形成外科学講座助教授等を経て、2003年、ブレストサージャリークリニックを開設。人工物による乳房再建の第一人者。著書に『これからの乳房再建BOOK』など。
取材・文/伊藤淳子