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がんと認知症を両方患う患者に治療対応できる病院は少ない。ケアできるスタッフが少なく、現場対応の限界が出てきています

 そう話すのは、国立がん研究センター東病院・精神腫瘍科長の小川朝生医師。

 超高齢社会の今、認知症患者は右肩上がりに増え続けている。2040年には推計約584万人、MCI(軽度認知障害)が613万人にもなり、65歳以上の約15%が認知症と、厚生労働省が推計を公表。

 同時に高齢者に増えているのががん患者で、2021年の人口動態統計では、全悪性新生物(がん)死亡数のうち65歳以上の高齢者が88%を占めている。

 どちらも高齢者に多い病気なので、この先、多くの人にとって“ダブル罹患(りかん)”はあり得ること。

がんと認知症、両方患う患者が増加

私たちの病院では、65歳以上の高齢者のがん患者で、コミュニケーションや理解等が怪しい方には認知症のテストをしています。実際にそこで2割弱の方に認知症の症状が認められています」(小川医師、以下同)

 認知症とわかった状態で診察に訪れる患者は少なく、多くの場合、本人はもちろん家族も気づいていないという。

みなさん認知症というと一人では生活できない、と思われがちですが、そういう状況になる方というのはおそらく半数以下。多くの場合は、家族から見たら年相応の、もの忘れと見過ごされることが多い。

 ただし、日常生活は不自由を感じず問題はなくとも、身体の違和感や体調のちょっとした変化などは本人も気づきにくくなっていて、自分から異変を訴えるなどの対応が難しくなってきます

 それゆえ認知症患者はがんの発見が遅れがち。

80代の女性で乳がんを患った方がいましたが、腫瘍がかなり大きくなって皮膚を破って出てきていたけど、ご本人はどうしていいかわからなくて放置したままにしていました。ご家族が何か変なにおいがするということで気づいたのです。

 女性は一人暮らしをしていて、買い物や身の回りのことはできていたので、ご家族も認知症だとは思わなかったようです

 認知症はまだ軽度ながら、がんはステージ4まで進んでいたという。

治療後にも支援が必要

 認知症患者の場合、がん治療もまた難度が上がる。

他の病気とがんの治療で何が違うかというと、がんの場合、抗がん剤をはじめ治療のメリットとデメリットが拮抗している場合が多く、ご本人がしっかりとそこを理解して積極的に向き合っていただかないと難しい。

 ただ、かなり認知症が進行してしまっていて、ご本人の理解が厳しい状況も2割から3割弱ほどあります

 入院、手術、薬の種類と、がん治療における選択肢は多岐にわたり、医師と相談しながら基本的に本人が決めていく。そして仮に手術を選択した場合、リハビリや退院後のケアも本人の自発的な意思や努力が必要だ。

 本人の判断が難しいときは、家族に選択を委ねることになるが、昨今は単身の高齢者も多く、病院側は苦慮するという。

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可能な限りご本人から意思を聞き出したり、今までのご本人の生活や他の価値観から推測しながら、治療をどうするかを考えていきます。

 ただ、治療をする・しないの選択はそこで見えたとしても、治療が終わった後もやはり何かしら生活の支援がないとご本人も立ち行きません。訪問看護や介護保険など可能な限り体制を組んでいく必要があるでしょう

 認知症患者の場合、症状に合わせて個々の対応が求められ、医療スタッフの労力がかかりがち。ただでさえ多忙な医療現場にとって、がんと認知症の治療と介護は負担が大きい。

 またそこに取り組もうにも、どちらの知識もあるスタッフが足りていないことで、症状が進行することも。

認知症の方で一番大事なのが、入院中に身体の機能が衰えたり、認知症が進行しないように予防をして、住んでいた家に確実に戻れるようにすること。ある意味、予防的なケアが重要になります。

 しかし、入院中に動かなくて足腰が弱ったり、せん妄を起こして認知症が進んでしまうなど、個々で進行も違えば、認知症に関する知識もまだ十分広まっておらず、医療者や家族も手探りという状況です。がん治療も同時進行となると、さらに慎重で適切な判断が必要となるのです

以前より進むようになったケアの計画調整

 もう一つ、認知症患者で問題となるのが抗がん剤をはじめとした薬の管理。飲み忘れの危険もあり、ここでトラブルが起きるケースも多いという。実際にあった例を聞いた。

膵がんを患った70代の高齢男性で、飲み薬の抗がん剤で治療をすると決めた方がいましたが、飲み始めた初日にご本人が薬を飲んだか忘れて2度飲んでしまった。それで息子さんがパニックになってしまって、その治療を中止することに。結局この方は積極的な治療をやめ、緩和ケアに移行しました」

 単身者や家族がサポートできない患者の場合、介護施設に頼ることになる。しかし中にはがん患者の受け入れを拒否する施設もあり、退院後に行き場をなくすこともある。

抗がん剤を飲まなければいけないとなると、施設によっては対応できないと言われてしまう場合も。

 また、がんの症状が進んで緩和ケアで医療用麻薬を使っていたりすると、そういう薬の管理はうちでは対応できないと入所を断られる事例も少なからず出ています

 ただ最近は、少しずつ光も見えてきたそう。

認知症に関する医療従事者の教育は進んでいます。一般の病院では、認知症ケアチームをつくって、認定を持った看護師さんを中心に、認知症の人に合わせてケアの計画を立て、調整をする、という方針と実施は以前よりも進むようにはなってきています。対策は前進しつつあると思います

 ダブル罹患が問題視されて医療サポート体制も徐々に整う一方で、小川医師は家族が“仮の想定”をすることも必要だと話す。

もし、がんと認知症になり、自分で判断することが難しくなるような事態になったとき。例えば、抗がん剤はやりたい、手術はしたくないなど、具体的イメージをご家族など周囲に話したり、メモを書いておくなり、意思を残しておく習慣は大切だろうと思います

小川朝生先生●国立研究開発法人国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長、先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野分野長。1999年大阪大学卒。国立病院機構大阪医療センターなどを経て現職。一般社団法人日本総合病院精神医学会一般病院連携精神医学特定指導医、一般社団法人日本認知症学会専門医・指導医。

お話を伺ったのは……小川朝生先生●国立研究開発法人国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長、先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野 分野長。1999年大阪大学卒。国立病院機構大阪医療センターなどを経て現職。一般社団法人日本総合病院精神医学会一般病院連携精神医学特定指導医、一般社団法人日本認知症学会専門医・指導医。


取材・文/小野寺悦子