NHKのテレビ番組『チコちゃんに叱られる!』で、和食がどんなに健康に良いかを解説している健康長寿の達人、永山久夫さん。御年92歳。
コロナ禍前には月に10回近い講演をこなし、現在もラジオやテレビ出演、執筆活動に大忙し。昨今では海外からの取材も多いそう。
90歳を超えても現役で多方面に活躍しているスーパー老人・永山さんの食の秘訣をぜひ知りたいところ。
「僕は3代続く麹屋の家に生まれましてね。幼いころから家業を手伝って、米を蒸したり、蒸し米に麹(こうじ)菌をまぶしたりしていました。そんな環境でしたから、幼少期は必然的に発酵食が中心でした」
身体は食でできていると身に染みた大病と極貧時代
こうした健康的な食事をとっていたものの、戦後に大病を患った。
「20歳のころですが結核にかかりました。治療といっても、ただ隔離されて安静にしているだけでね。そんなんじゃあ治りっこない。
でも死にたくないから、本をたくさん読んで研究して、免疫力を高めようとにんにくや山芋をたくさん食べました。それで何とか死なずにすんでね。身体は食べるものでできているのだと実感しました」(永山さん、以下同)
自力で大病を克服した永山さんだが、戦後ということもあり、その後の食生活は乱れていった。
「漫画家になりたくて上京し、新宿のアパートの一室に仲間6人で住み始めたのですが、極貧で……。でも少しでも身体にいいものをとろうと、のびる、よもぎ、あかざなど原っぱの草をたくさん採ってきて煮て食べていました。草にはポリフェノールが含まれていますから(笑)」
そのころ、タンパク源が不足していたため、アブラムシやゴキブリを食べてみようかと考えたこともあったほど、食材に窮していた。
「身体の調子が悪いときは、自分の身体を見直すチャンスでもあるのです。僕は若いころに結核を患って、もう病気になりたくないという気持ちが強かったから、とにかく食事には気を使った。
食費にお金をかけられなくても、どうにかして栄養を確保しようと考えていた。だからこそ、今こうして健康でいられるのだと思っています」
そんな永山さんが長年、毎日の食事に取り入れている食材は「胡豆魚梅参茶(ごまさかうめじんちゃ)」。ごまに大豆、梅干し、ニンジンにお茶。文献や、全国の長寿の県を取材し、導き出した健康食だ。
「平安王朝時代から食されていたとの文献が多く残る“若返り食”で“胡豆魚鶏蒜根”というものもあります。
ごま、大豆、魚のほか鶏肉、にんにく、大根があげられていますが、医学も発達せず、科学や栄養学もない時代に、これだけ健康成分のある食材を積極的に食べていた。もうこれは、その時代の人々が、食べて実感・実証してきた健康食なんですね」
どれも普段食べているものばかり。伝統的和食こそ長寿食といえるのだ。
元気でボケ知らずの100歳を目指す
先日、政府の会議にて高齢者の健康寿命が延びていることを背景に、高齢者の定義を5歳引き上げる議論を進めるといった報道があった。現在、高齢者は65歳以上とされるのを70歳とすることが検討されているのだ。
ここにきて重要なのは健康を維持することと、さらに“ボケない”が重要だと永山さんは語る。
「長く生きていくためにはお金も必要です。そのために、これからの高齢者に必要なのは働くための体力、そして知力。何歳になってもボケずに“稼ぐ力”を身につければ、いきいき過ごせるはずです」
いったい何歳まで働かなければならないのか、といったため息も出るが、しかし働いて社会に必要とされることこそ、老化の防止にもつながるのだ。
そんな、年齢にとらわれずに働き続けるロールモデルでもある永山さんが、日々積極的にとる「ブレインフード」がある。卵、魚、大豆、にんにくだ。先ほどの「胡豆魚梅参茶」が長寿食だとすれば、これはボケないための頭脳食といっていいだろう。
「卵は毎日2個食べています。卵の黄身に多いレシチンは、血管にこびりついたコレステロールや脂質などを排除して、血液の流れをサラサラにし、動脈硬化を予防する働きがあるといわれています。さらに、記憶力を良くして物忘れを防ぎ、認知症の予防効果も期待できるスーパーフードですから」
脳の若さを保つためにサバやイワシなど青背の魚も食べること。
「年をとるにつれて、脳の中のDHAが減ってしまうが、青魚を食べれば脳の機能低下だけでなくボケの予防に役立つといわれています」
トロの刺身なら3切れ、焼き魚ならサンマ1尾、ブリなら切り身1切れ、サバなら半身のその半分で1日の必要量がとれるそう。
「サンマは今や高級魚ですからね。僕は缶詰を利用しています。サバ缶なら骨まで食べられるし、手間もかからないでしょう」
そして大豆。中でも納豆は365日食べ続けていると永山さんは言う。
「よく、気が若い人は見た目も若いといいますが、この気とは、“気持ち=脳の働き”とも言い換えられるんです。脳の若さを保てばボケも未然に阻止できるし、見た目の老化までストップすることが可能になります。
『納豆食う人、色白美人』ということわざもあるんですよ。食べる女性ホルモンといわれるイソフラボンが含まれているからでしょうか。シニア女性たちには、おすすめですよ」
納豆の糸が銀色になるくらいねばねばにすると、ナットウキナーゼという酵素が血流を促進してくれるので、最低40回はかき混ぜる。その際、永山さんは酢をほんのひとたらしするそう。すると、ネバネバフワフワの納豆となる。
若く!美しく!が長生きにつながる
「それからね、これですよ」と取り出したのが、みそ。それもただのみそではなくて、免疫力アップ、血流改善効果もあるにんにく入りの手作り「にんにくみそ」だ。
にんにくの皮をむいて細かく刻み、砂糖一つまみと一緒にみそに漬け込み冷蔵庫で保存し、1週間くらいで食べきる。永山さんは一日に小さじ2杯ほど食べるそうで、脳にも良いが、夏のスタミナ食にもなる。
「ご飯のお供にしたり、スパゲティや焼きうどんに混ぜてもうまいんですよ」
そしてランチにはワインも楽しんでいる。
「赤ワインには抗酸化作用のあるポリフェノールが豊富。ボケ防止の健康長寿にワインはぴったりです」
脳の機能を維持し、さらに、いつまでも若く美しくいたいという欲も出てくる。
「その欲もぜひ追求してください(笑)。平安時代を代表する美女に小野小町がいますが、生まれ故郷の秋田で、なんと90歳近くまで生きたとの伝説が残っています」
絶世の美人ゆえに、美貌の衰えを何よりも恐れた小町は、とにかく美容食を追求した。コラーゲン含有量の多い肉や魚介類を好んで食べていたそうだ。
「コラーゲンはカレイやタイ、ウナギに多く、肌のみずみずしさを維持するのに役立ちます。さらに吸収率を高めるために、ビタミンCが必要なのですが、ユズやモモなどを食べていたようです」
肌老化を食い止めるといわれる抗酸化作用の高い食材もしかり、肌のくすみ対策にとるビタミン類もしかり。美容を追究することはすなわち、健康や長生きにも通ずるというわけだ。
「頭脳食、長寿食をとって、美しいアクティブシニアを目指しましょう」と永山さんは声を大にする。
「90歳でも100歳でも、元気に仕事をする人が増えてくる“総エイジレス時代”がやってくるわけですから、今まで以上に身体が資本です。それを支える食は、いいものをチョイスしなければ健康寿命も延びません。元気に長生きして、人生を楽しみたいものです」
永山さんが言うとおり、人生100年の長寿社会がそこまで来ている。ということは、ぼんやり生きてはいられない。老後はとっても長いのだ。自分は何をしたいのか、何ができるのかが、問われる時代でもある。
ブレインフードとは
脳に必要な栄養素が豊富に含まれている食べ物のこと。脳の主な栄養素であるブドウ糖やタンパク質をとると、脳へ効率的にエネルギーを供給できる。
脳は神経細胞同士の情報伝達により各組織へ指令を伝えており、この活動に必要不可欠な神経伝達物質のセロトニンやドーパミン、ノルアドレナリン、アセチルコリンなどは、食べたものからのみつくり出せるといわれている。
余分な栄養を蓄えられる筋肉と違って貯蔵機能のない脳は、定期的な栄養摂取が必要で、脳の活動は食によって支えられているといえる。
脳の機能そのものが老化によって衰える高齢になるほど、このブレインフードの摂取が重要となってくる。
永山久夫(ながやま・ひさお)●1932年、福島県生まれ。食文化史研究家、長寿食研究所所長。古代から明治時代までの食事復元の第一人者で、長寿食や頭脳食の研究者でもある。平成30年度文化庁長官表彰(和食文化研究)を受ける。著書に『紫式部ごはんで若返る・平安時代の食事は健康長寿食』(現代書林)、『なぜ和食は世界一なのか』(朝日新聞出版)、『長寿村の一00歳食』(KADOKAWA)、『日本長寿食事典』(悠書館)など100冊を超える。海外からの取材依頼も多い。
取材・文/水口陽子