“人生100年時代”といわれるようになった昨今。ただ、男性は9年間、女性は12年間ほど、健康寿命から不健康な期間があるという。昨年12月に100歳を迎えた伊藤さんは杖も使わずひとりで日常生活を送っている。
90歳のときにダンススタジオに通い始める
この秋、100歳の女性の生活を追ったドキュメンタリー映画が公開される。
元木伸一監督の『サヨナラにこんにちは ~はじめての人生100年時代~』。都内の高齢者住宅で暮らす伊藤小枝子さんの500日を映像化したもの。満州で生まれて辛酸を嘗めたが、今も元気いっぱい。ピンと伸びた姿勢とハツラツとした笑顔に、勇気をもらえる作品になっている。
平均寿命が延びて“人生100年時代”といわれるようになったが、誰もが健康に生活できるわけではない。昭和38年に100歳以上の高齢者は153人だったが、昨年は9万人を超えた。健康寿命は男性で72歳、女性75歳とされている。
介護されるほどではなくても心身が老いて衰えている状態を“フレイル”と呼び、生活の質が落ちて病気の危険性が高まっていく。
公共交通機関をひとりで乗りこなし、杖もつかずに歩く伊藤さんは、どのようにして健康を保っているのか。元気の秘訣を聞いてみた。
「90歳のときにダンススタジオに通い始めました。昔から姿勢の悪さや歩き方が気になっていて、後ろから見ても、ちゃんと歩けるようになりたいって思ったの。受け取ったチラシの中にダンススクールのクーポンがあったので、ダメ元で行ってみたら、まさかの“いいですよ”って(笑)」
最初は歩く練習だけをしていたという。
「ダンスを習うところなので、普通に考えたら、歩くだけの人なんてお断りのはず。でも、ありがたいことに受け入れてくれたんです。そうしたら、だんだんワルツもやりたいと思うようになって(笑)。10年やっていたら、ヒールを履いて踊れるようになりました」
背筋を伸ばすために、欠かさず続けているのが、毎朝3時間のストレッチ。
「身体が柔らかくなると、ストレスが消えるんですよ。身体が硬いときは全然ダメです。ストレッチをするとしないとでは普段の生活での動きやすさが全然違うんですよ」
伊藤さんは8年前に、転んで手首を骨折。救急病院に運ばれた。90歳を超えてからのケガは、命にかかわることもあるというが……。
「ただのケガで済みました。ストレッチのおかげだと思います。グーグルで調べたんですけど、人間が二本足になってからは、転ぶのは必然なんですって。避けられないなら、転んだときに少しでもケガが小さければいいんじゃないかって考えるようになったのです。そのためにもストレッチは欠かせないですね」
レッスンの先生は、伊藤さんは何をするにも前向きな姿勢なのだと話してくれた。
「このケガのとき、初めは杖を使っていたんですよ。でも、ちゃんとバランスを取って、自分の足で歩きたいとおっしゃって。歩く練習をして、そのうちに杖なしでも歩ける状態に戻りました。100歳とは思えない再生力で、どんどん治っていきましたね」
自分の身体は自分で守りたい
週に1回のレッスンが2回になり、今は100歳記念で3回に増やしている。それもすごいが、先ほどの話の中に『グーグル』というワードが出てきて驚いた。
「認知症になった妹がいるんです。それで、スマホの使い方がわかんないっていうから、教えるために勉強しています。LINEとかメールとかいろいろと勉強中です。調べものをしたり、いろんな動画を見たりしてますね」
インターネットにもしっかりと対応。4人兄妹の長女だが、妹の世話ができるのは伊藤さんだけなので、常に自分をアップデートしている。生涯独身を貫き、自立した生活を送ってきた。
「不安じゃないと思う? 不安だらけよ(笑)。いつまでダンスできるか、身体とお金の問題もある。どんなにお嫁に行きたくてもね、私の時代は戦争で死んでしまうから、男性の絶対数が足りなかったんです。その中で、皆さんと奪い合いをする勇気はなかったしね。もっと美女でチャーミングならいいけど、そうでもないし(笑)、負けるのは悲しいから。今ならお見合いしてもいいけど、条件は年上の男性です(笑)」
冗談に紛らわせているが、伊藤さんは過酷な状況を生き延びてきた人だ。
「太平洋戦争に負けてからは、詰め詰めになって屋根裏で隠れて、ソ連軍に連れていかれないように必死だった。ドアなんてぶち壊して入ってくる。お母さんが布団の下に隠してくれたんですが、最終的には見つかって、銃を突きつけられたの。でも、面白いことに怖いって感覚はなかったんです。頭の中は真っ白。無事、逃げ出したら自分の足で立てなくて、力が入らなくなったの。そのときに初めて怖いってなって、人間って面白いなとも思いました」
極限状態を生き抜いたことで、強さを身につけた。
「生きていくためには、自分の足で歩かなければならなかった。そうしなければ、ほったらかしになってのたれ死ぬか、虐待されるか。だから、何がなんでも歩かなきゃいけない。自分の頭の中に入ってる知恵と足だけで、なんとかしなければならなかった」
ピラミッドを見たとき、生きていくために必要なことが何かを理解したという。
「何千年かわからないけど、今もそのまま崩れないであるじゃない。当時はもちろんデジタルの技術もないから、人力なんですよね。ああいう物の前に立つと、やっぱり自分の健康な手足と知恵しかないなって改めて思うんです。パソコンやスマホがどんなに普及しても、電気がなかったらただの箱でしょ? だけど、どんなにちっぽけでも、自分が持っている知恵は死なない限りなくならないの」
健康に暮らすために、食生活にも気を配っている。
「病院が本当に苦手なんです(笑)。だから、自分の身体は自分で守りたい。時間はかかりますけど、ゆっくりとよく噛んで食べています。野菜も食べますし、お肉も食べます。料理といっていいかはわかりませんが、自炊をしていますね」
何でも自分でやりたいから、移動するときはひとりで公共交通機関を使っている。みんなが100歳まで生きる時代に向けて、後輩たちにアドバイスをしてもらった。
「私の若いころは人生50年といわれていました。100歳まで生きるなら、何もケアしなければ、膝や足が痛いってなるかもしれない。当たり前だけど、使わないと徐々に劣化していく。でも、死ぬために生まれてきたようなもんじゃない、人間って。生まれた瞬間から、死に向かって歩いているわけじゃないですか。若いときは、それが遠くにあるから、あまり感じないだけ。だったら、今を大事に思いっきり後悔のないようにやるだけですよ」
感謝の気持ちで生きてきた彼女の姿を描いた映画は、きっと人生100年時代の生きるヒントをくれるだろう。