※写真はイメージです

 厚生労働省の発表によると、65歳以上の認知症患者数は約440万人('22年時点)。2040年には約580万人となり、高齢者の6.7人に1人が認知症患者になると推計される。さらに、軽度認知障害(MCI)の患者数は約610万人。合わせると1100万人を超える。

残念ながら今のところ認知症は発症後の完治が難しい病気。だからこそ、発症をなるべく遠ざけるための予防に尽力してほしいと思います

 そう話すのは、認知症専門医の古和久朋先生。認知症の約7割を占め、日本で最も多いアルツハイマー型認知症は、長い年月をかけて脳内が変化し発症することがわかっており、そこに進行を食い止める余地があると指摘する。

20年前から脳の変化は始まっている

 では、アルツハイマー型認知症が発症するまでに、脳はどんな段階をたどるのか。

脳内では、主に2つの大きな変化が起きています。1つ目は、神経細胞を死滅させる毒性を持った“老人斑”と呼ばれる脳のシミの蓄積。これは、発症の20年くらい前からでき始めるといわれます」(古和先生、以下同)

適度な運動、バランスのとれた食事、他者とのコミュニケーション活動。これらが進行を遅らせることがわかっている ※出典:厚生労働省老健局「認知症施作の総合的な推進について」

 脳が活動すると、タンパク質の1つであるアミロイドβ、いわゆる“脳のゴミ”ができるが、通常は脳の外に排出されたり、脳内で分解されるようになっている。

 しかし、脳が老化してくると、このゴミがたまり、徐々に塊となってシミのようなものができる。これが“老人斑”だ。

この脳のシミができ始めて10年くらいたつと、2つ目の変化が起き始めます。神経細胞の中にタウというもう1つのタンパク質がたまり始め、周辺の細胞を死滅させていくのです。そこまで進行すると、やがて脳の萎縮が見られるようになります

 アルツハイマー型認知症は、“潜伏期間の長い病気”だと表現する古和先生。

発症は70代が多いが、50代や60代から発症の下準備が始まっています。何も手立てを打たなければ、脳のゴミはどんどんたまり続け、認知症への道をたどるばかりです

 一方、認知症の原因は1つではなく、生活習慣を変えることで病気の行く先を変えられる可能性が大きいとも指摘する。

脳の健康を維持できるような生活へ1日でも早く行動変化を起こすことが大切。ちょうど9月は“世界アルツハイマー月間”です。これをきっかけに認知症を遠ざける生活を意識してみてください

食事を見直せば軽度からの改善も!

脳にゴミをためなければ、アルツハイマー型認知症の発症はかなり抑えられます。すでに老人斑が出現していても、増え続けなければ進行を食い止めることや改善にもつながっていきます

 古和先生が、認知症を遠ざけるためにすすめるのは、アルツハイマー型認知症の原因の大本であるアミロイドβをためないような食習慣。食生活の改善は誰もが始めやすい上に、有効な手段だと話す。

栄養バランスのとれた食事のサポートを受けるようになり症状が改善、診察室を訪れる際の表情が明るくなったという軽度認知障害の方もいます。今後の進行速度も、ゆっくりになるのではと見込んでいます

軽度認知症の段階で食事対策を取れば改善する可能性も!

 とはいえ、一気に食事を変えるのは、さまざまな面で負担が大きい。

認知症が時間をかけて忍び寄ってくるのに対し、ロングスパンで予防をしていく必要があります。最初は、週に1度でいいので“今日は脳の健康を意識した食事にしよう”と心がけることから始めてもいいと思います。無理せず、続けることが大切です

 また、アルツハイマー型認知症を遠ざける食生活は、高血圧や高血糖といった動脈硬化を引き起こす血管危険因子をも避けられるため、脳血管性認知症の発症リスクも軽減できる。

血圧や血糖値を食事でコントロールすることは、生活習慣病の予防にも。糖尿病になるとアルツハイマー型認知症の発症リスクは2倍になるといわれていますが、それも防ぐことができます。

 脳が健全に働き続けられるように食事を変えることで、さまざまな面から認知症を遠ざけるアプローチができるのです

ボケない食事習慣1「お酒を飲むなら赤ワイン」

 まず、古和先生が意識的にとってほしいと提案するのはポリフェノール。老化を抑え、脳の機能を維持するために欠かせない抗酸化作用にすぐれている点でもメリットが大きいが、何より脳のゴミを排出するのに大事な役割を果たす。

脳のシミのもとになるアミロイドβは、たまると塊になりますが、ポリフェノールはそれを解きほぐして柔らかくし、脳の外へ出しやすくしてくれます

 ポリフェノールを含む食品の中でも特に赤ワインは優秀。アミロイドβを固まりにくくさせるミリセチンと脳の神経細胞の働きを調整し長持ちさせるレスベラトロールという2つのポリフェノールが含まれている。

海外のデータですが、赤ワインを毎日3~4杯飲む人のほうが飲まない人よりも発症リスクが5分の1になるという調査結果もあります。

 ただし、飲みすぎは生活習慣病のリスクを高めますし、酔って転倒し、頭を打ってしまっては、逆に認知症を引き寄せることに。飲むなら無理のない範囲を心がけましょう

ボケない食事習慣1「お酒を飲むなら赤ワイン」※出典:ワインと認知症やアルツハイマー病との関係(ボルドー大学中央病院による調査結果)

ボケない食事習慣2「朝晩に緑茶を飲む」

緑茶に含まれるポリフェノールのカテキンには、アミロイドβが固まるのを抑え、認知機能の改善に効果があることが明らかになっています

 また、カテキンのもとになるテアニンというアミノ酸には、老人斑が持つ毒から脳の神経細胞を守る力があることも判明。

緑茶を1日2杯以上飲む人は、ほぼ飲まない人に比べて認知機能が下がりにくく、認知症の発症リスクが30%低下するなど、緑茶を飲む習慣が発症率を下げることは複数の研究でわかってきました

 とはいえ、カフェインが多く含まれる緑茶。1日数杯程度で楽しむのがベターだ。

ボケない食事習慣2「朝晩に緑茶を飲む」※写真はイメージです

ボケない食事習慣3「週1回はスパイスたっぷりカレーを」

 食卓の定番メニューでも認知症予防が可能。

カレーをよく食べる人ほど認知症になりづらいということがわかってきています

 カレーに使われるスパイスのターメリック(ウコン)には、クルクミンというポリフェノールが含まれるが、古和先生いわく、これが脳の健康に効果を発揮。

クルクミンは、アミロイドβをたまりにくくするだけでなく、固まり始めているところをほぐしてくれます。動物実験の段階ですが、老人斑が減少するという好影響も確認されています

 カレーが国民食のインドの70~80歳代は、アメリカの同年代に比べて、アルツハイマー型認知症の発症率が約4分の1というデータも。

 でも、スパイスがブレンドされた状態で売られていることの多い“日本式カレー”の効果は?

近年の研究で、日本のカレーでも効果があることがわかりました。長期的かつ頻繁に食べることが大切で、週1回食べることを1年以上続けると認知機能の低下のリスクが約30%も下がると確認されています。私も週1回はカレーを食べていますよ!

※出典:「日本人中高齢者における成人以降の長期のカレー摂取頻度と認知機能の関係」(ハウス食品グループ、東京大学、二松学舎大学による共同研究)

ボケない食事習慣4「週3回は青魚を食べる」

意外でしょうが、脳の6割は脂質。不足すると認知機能に大きく左右します

 と古和先生。とりわけ不飽和脂肪酸の脂質を意識することが重要で、しっかり取り入れることで神経細胞の膜が柔らかくなり、脳内の情報の行き来がスムーズになると指摘する。そこで注目すべきは青魚だ。

サンマやアジ、イワシ、サバなどは、不飽和脂肪酸の中でも、体内で生成できないドコサヘキサエン酸(DHA)といったオメガ3脂肪酸を豊富に含みます。

 血栓を防ぎ、脳の血管を守ってくれるエイコサペンタエン酸(EPA)も多いので、週3回を目標に食べてほしいです。揚げるとDHAやEPAは半減するので、刺身や煮たり焼いたりして食べましょう

秋は青魚がおいしい季節。積極的に食事に取り入れて ※写真はイメージです

ボケない食事習慣5「卵は白身より黄身をメインで食べる」

 完全栄養食品と呼ばれる卵は脳の健康にも効果あり。中でも、認知症予防に役立つのは、黄身(卵黄)に含まれるコリン。神経細胞同士のやりとりに使われるアセチルコリンの材料となる栄養素であるため、脳の活性化や認知機能の維持に役立つと期待される。

卵の黄身に含まれるコリンは、脳に届きやすいといううれしい特徴も。卵黄にはアセチルコリンの合成を促進するビタミンB12も豊富で、健康診断で高コレステロール値だと指摘されていなければ、積極的に卵を食べてほしいです

ボケない食事習慣6「豆腐や納豆を1日1回」

日本人の食卓に欠かせない豆腐や納豆といった大豆製品も健全な脳を守るために外せません。大豆は脳によい脂質とポリフェノールの両方を併せ持つ優良食品なんです

 大豆製品に含まれている脳を健康に保つ主な栄養素は2つ。1つ目はリン脂質のレシチンで、脳内の情報伝達機能をスムーズにするために必要不可欠な成分だ。

レシチンには、卵の黄身に多く含まれている成分として前述したコリンも豊富に含まれています。コリンも情報伝達に関わるため、レシチンが不足すると脳の中で情報伝達が円滑に行われなくなり、認知機能の低下につながると懸念されています

 2つ目は、ポリフェノールの1つであるイソフラボン。美容成分としても認知度が高いが、昨今は女性の認知症予防への効果が注目されていると古和先生。

イソフラボンの摂取量が多い女性は、10年後の認知機能低下リスクが低くなるという研究結果もあります

ボケない食事習慣6「豆腐や納豆を1日1回」※写真はイメージです

ボケない食事スタイル「意識すべきは地中海食」

認知症予防食としてWHOのお墨付き!

前述の6項目に、オリーブオイル、緑黄色野菜、ナッツ類などを加えた食品を網羅し、お手本にしたい食事スタイルが“地中海食”です。

 世界保健機関(WHO)も認知症予防食として推奨しており、地中海食を多くとる人は、アルツハイマー型認知症のリスクが40%も低下したという調査報告もあります

 では、なぜ地中海食が認知症予防食になりうるのか。理由は毎日食べるように定めた3つの食品にある。

 1つ目は、オリーブオイル。コレステロールを減らす作用を持つ不飽和脂肪酸のうち、オメガ9脂肪酸の代表格であるオレイン酸を多く含む食品で、脳の細胞を柔らかに保ち、情報の伝達をスムーズにする。

さらに、オレオカンタールというポリフェノールも含んでいて、これは、研究で老人斑を減らす効果があることが確認された注目の成分です

「地中海食で使う食品のルール」ピラミッドの上に行くほど、食べる頻度を少なめに。

 2つ目は、不飽和脂肪酸を含むナッツ類。オレイン酸やビタミンEを含むアーモンドをはじめ、体内で生成できないオメガ3脂肪酸のαリノレン酸が豊富なクルミなどだ。中でもクルミは認知症予防食品としてより認知機能が改善するというデータもある。

 そして、毎日たくさんの野菜を食べることも地中海食のルール。特に、脳の老化を防ぐ抗酸化物質が多い緑黄色野菜は欠かせない。

緑黄色野菜に含まれるビタミンCとナッツ類に含まれるビタミンEを一緒にとり続けることで、アルツハイマー型認知症になりづらくなるという研究もあります

 また、地中海食ではヨーグルトやチーズといった乳製品も推奨。動物性タンパク質が脳の活動を支えてくれる。

意識的にオリーブオイルを使ったり、サラダにナッツ類を加えたり、ぜひトライしてみてください

ボケが加速するNG習慣

「脳の認知機能を維持するために避けたい食べ物や食べ方はありますが、無理に避けて食事が楽しめず、食欲が減退しては本末転倒。少しずつやめていくようにしましょう」

身体にいいものだと、同じものばかり食べる

 いくら脳によい食べ物でも、同じものが続くと栄養が偏り、認知症とは違う病気に結びついてしまう。

多様な食品を食べている人のほうが認知機能は低下しづらいことも研究でわかっています。まずはバランスのよい食事を

糖質をとりすぎている

糖質が多すぎる食事は、大量のインスリンを分泌させ、それが続くと脳のゴミを処理できない状態を引き起こします。まずはご飯を少し減らし、野菜やおかずを先に食べて、血糖値の急上昇を抑える食べ方を始めましょう

塩分をとりすぎている

塩分の摂取過多による高血圧は、脳の血管の状態を悪化させる大きな要因。アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症のいずれのリスクも高めます

 みそ汁など塩分が高い和食や外食が多めの人は頻度を減らす努力を。

やわらかいものばかり食べる

 食事中に“よく噛む”ことも認知機能の活性化に。

脳の海馬を刺激するので、記憶力の向上効果が得られます。逆に、あまり噛まずに食べられるやわらかいものばかりだと、海馬が衰え、記憶力が低下してしまうので注意です

教えてくれたのは……認知症専門医 古和久朋先生●東京大学医学部附属病院で認知症専門外来の立ち上げを経て、現在は神戸大学医学部附属病院の認知症専門外来で診療に携わる。著書に『80歳からでも間に合う 認知症がみるみる遠ざかる食べ方大全』(文響社)。

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取材・文/河端直子